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アメリカは歌う(感想:2)_ジェンダーギャップと向き合ったカントリー歌手

東 理夫による著作で、カントリー・ミュージックの歌詞に焦点をあてることで、差別を受けている人々の抱えるルーツや社会課題について掘り下げられている。今回は、ジェンダー・ギャップについて歌ったカントリーソングの歴史を紐解いた第4章「ドアマットからの脱出」についての感想を書く。(「マーダー・バラッド」について書かれた、第2章の感想はこちらに書いた。)

ジェンダーギャップの問題が、現在よりも根深い時代のカントリー・ミュージック

第4章では、カントリー・ミュージックの歌詞の変遷から女性の社会的地位の変化についてが書かれている。

1968年、Tammy Wynetteの歌った「Stand by Your Man」はカントリー・ミュージックの専門チャンネルCMTの「Top 100 Country Music Songs」で一位に選出されたほど有名な曲で、歌詞の抜粋は以下の通り。

「女であることの悲しさ、一人の男に愛を捧げれば、苦しむのは女ばかり。楽しむのは男だけ、男の気持ちは女には分からない。
でも、愛していれば分からないなりに、男のすることを許すもの。もし彼を愛するなら、それを誇りに思うこと。
なぜなら、所詮彼は男なのだから。男のそばに寄り添って、愛していることを知らせるの、ありったけの愛を捧げることよ。男のそばに寄り添って」

「女であることの悲しさ」や「楽しむのは男だけ」という表現から、女に産まれたからには、女が男に付き従って生きるのは仕方のないことだと、どこか諦めに近いものを感じさせる。しかし曲調は明るくTammy Wynetteの歌い方が力強いため、開き直った女の前向きな気持ちは伝わってくる。

この曲が大衆に受けたということは、心の中で男に付き従うことへ疑問を感じながらも、同じように感じる女性が大勢いるということがTammy Wynetteの歌で代弁され、共通認識されたということなのだろう。
つまり、女は男に付き従って生きるしかない。そういう考えの人が当たり前のように考える人が大勢いる時代であった。
しかも、ヒラリー・クリントンは1992年に、夫ビルの不倫問題が騒がれた際に自身を「Tammy Wynetteの歌うような女ではない」と有名な発言をしている。つまり、24年経ってもそれだけ価値観の変化は遅かったということも意味している。

ジェンダーギャップについての疑問を突きつける歌

1969年、Johnny Cashに歌われた「A Boy Named Sue(スーという名の少年)」は、遠回しだがジェンダーギャップによる疑問を突きつけている。

「親父は俺が三つの時、家を出た。おふくろと俺には彼は多くのものを残してはいかなかった。古いギターと空の酒瓶、それだけだ。今、俺は親父を責めることはしない。どこかに逃げていってしまったからだ。ただ、やつが出ていく前にやった最低のことは、おれに『スー』という女名前をつけやがったことだ。
(中略)
腹を抱えて笑った男の連中の頭をぶっ飛ばしてやった。はっきり言うけど、『スー』と名づけられた男には人生は楽なものじゃない。

スーという女の名前でをつけられたことで肩身の狭い思いや苦労を背負い込むというのは、女であるというだけで、男が背負わなくてもよい苦労をしているということが表現されている。男なのに女のような名前をつけられたというギャップによる苦労だけではなく、女だと認識された時点で、男よりも見下されることが多いということで、これは尊厳の問題になる。

また、埋め込んだ動画はサン・クエンティン刑務所でのライブとなるが、娯楽に飢えた囚人たちによる歓声と、Johnny Cashによるメリハリのある煽りから生まれる独特の臨場感がうまく切り出されている素晴らしいライブ録音となっている。これはカントリー・ミュージックを普段聴かない自分でさえもリピートしたくなる。

「The Pill 」を歌ったカントリーの大御所Loretta Lynnは、保守的なカントリー・ミュージック界では歌われなかった労働者階級や女性差別などの社会的なことを歌っており、カントリー・ミュージックのラジオ局から放送禁止となっている曲もあった。
自らの実体験をもとにつくられ、1975年発表のThe Pillの歌詞は以下のとおり。

この飼育箱のような家で、あたしはもうボロボロ。そうして今は、ピルを飲んでいる。あなたが遊びまわっている間、この何年もあたしは留守を守ってきた。
毎年のように子供を授かりながらも年月は過ぎ去っていく。けれど、今こ病院で物事は変わっていく。あなたはまた別の女性をつくり、私はピルを飲むことにしたー

Loretta Lynnの活動していたテネシー州ナッシュヴィルはキリスト教保守派や守旧的人が多いので、堕胎は罪悪であると考えられている。
そういうところでピルを飲む決断をした女のことを歌う確固たる意志も素晴らしいが、子供を授かっても子育てに夫の助けがほとんど得られずに奪われれる自由や、挙げ句に浮気をする夫のことを歌うことで女性の気持ちを代弁している。

自由を得ても、幸せになれるわけではない。

では、男に依存せず女が一人で生きて行くと、どうなるのかという辛い現実を表現しているのが、Mary Chapin Carpenterによって1993年発表された「He Thinks He'll Keep Her」だ。

家事や行事は手馴れた仕事になり、彼は彼女は家庭に満足しているだろうと思っていた。何もかもが穏やかで心安らかであるようだった。神は彼女の心変わりを許さず、彼はまだ彼女は自分のものだと思っていた
 だが、時代と彼女の心は変化していく。
彼女は荷造りをし、座って待っていた。その顔からは何の表情もうかがえなかった。36の時だった。彼女は夫を玄関口で迎え、そして言った。『ごめんなさい。もうあなたを愛していないの』
 その結果はどうだった。
「もう15年、彼女は働いているが、賃金は上がらない。最低の生活保障を得るために、彼女は今タイプ打ちの仕事をしている。

社会的地位が低く、齢も若くないとなると賃金の安い仕事にしか就くことが出来ず、女性が一人で生きていくことが困難という現実がある。

これは離婚した女性の歌となるが、未婚で生涯を過ごす「結婚しない」という選択をしても似たような話しで、それなりの社会的地位を築いておこないと年老いて困難を背負い込む可能性が高いということでもある。
人それぞれの人生だから結婚するもしないも自由だが、男性優位の社会では、男への依存が大きくなるし、男の側にしたって一家の大黒柱としてのプレッシャーは人によっては負担が大きいともいえる。

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カントリー・ミュージックは、いわゆるアメリカの大衆音楽という印象だ。「アパラチア・バックカントリー」に住むような、都会的ではない場所に住むような人びとに愛されてきた音楽で、メロディーや音色が良ければ魅力の伝わりやすいポップミュージックとは異なり、プリミティブなアレンジの曲が多い。そのため歌詞を聞き取りやすいので、歌詞の持つ重要度の比率はポップミュージックよりも高い。
庶民に愛されるカントリー・ミュージックの歌詞は、社会で起きていることの違和感や思いをのせることで人びとに聞かれてきた。歌にのせることで、歌い方やメロディーによって浮き彫りになる社会問題は、直接訴えかけるよろも優しく人びとの心へ届くし、関心を集めるための取っ掛かりとしてはうってつけだ。

ジェンダーギャップについては、世界経済フォーラムによって各国の指数が発表されていて経済、政治、教育、健康4つの分野のデータによって集計されていて、2020年の日本のスコアは135カ国中、121位となっており政治の指数が著しく低い結果となっている。

また、私が読んだ2010年2月出版は291ページだが、2019年10月に総数が844ページへ増えたコンプリート版が出版されている。

アメリカは歌う



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