春に向けて気分を盛り上げていく音楽(2023年)
大寒を迎えて厳しい日が続くのにさらに一段上の寒波が来るらしい。そんな寒すぎる日々を乗り切るために、気分を盛り上げてくれる音楽を。
盛り上げるとはいえゴリゴリだったり、イケイケアッパーな感じだけではなく、あまり下世話にならない選曲で、なおかつこの1年以内にリリースされた作品を中心に選択した感想などを。
If My Wife New I’d Be Dead/CMAT
26歳のアイリッシュ・カントリーシンガー、本名Ciara Mary Alice Thompsonによるデビュー・アルバムは2022年3月のリリースでレーベルはCMATBABYから。
CMATは祖父母とダブリンに住み、AliExpress(アリババグループ運営のECサイト)中毒から回復中という自称グローバル・ポップスター。
本作は本人の説明によると、「XTCがNolansのために曲を書いたら」もしくは「NolansがGlen Campbellと共作してParis Hiltongがカバーしたら」と形容されており、要はそれらのミュージシャンの影響を受けているとのだと思われ。
ジャンルとしてはカントリーで、歌い方の印象としてはKate BushやTori Amosが近い。カントリーは個人的に苦手なジャンルだけれども、個性の強い声とポップなメロディーが心地よくて2022年最も多く聴いた1枚。
「Nashville」では穏やかさなカントリーアルバムなのかと思わせておいて、「I Don't Really Care for You」や「No More Virgos」などの叙情的でありながら、ほどよく捻くれたポップセンスには中毒性がある。
ふくよかな体型で、やたらと濃い顔立ちやパッと見た感じ垢抜けないファッションなど、貫禄のある歌い方も含め、とにかくCMATのことが気になって仕方がない。
アートワークを手掛けたRachel O'Reganのイラストも妙にシュールで好き。
Sub 100/Hodge
ブリストルのプロデューサーHodgeによる2曲入りのトラックは2022年9月のリリースで、Two Moonsレーベルからの第1弾シングルとなる。
「Sub 100」は、男性の声をボイスサンプリングしてリピートさせており、狂気を感じさせる。トライバルなテクノはいわゆるイケイケなキラー・チューンだから、頭が悪いなぁと思いつつ大好物な曲。手っ取り早く気分を上げたいのなら即効性がある。
もう片方の「Where I wanna be」は抑圧されたディープでエモいテックハウスといった感じ。
2曲ともにフロアユースだから、本来なら広いスペースに大音量で聴いてみたいところ。
Alpha Zulu/Phoenix
デビューから20年以上経つ、フランスのバンドPhoenixのアルバムは2022年11月リリースで、レーベルはGlassnote Entertainmentから。
ポップでキャッチーなメロやThomas Croquetの憂いのある甘いヴォーカルは健在で、前作から約5年のブランクがあるも、昔からのファンには嬉しい内容。
表題曲「Alpha Zulu」のウゥッ、ハァッ!のくだりからもう素敵過ぎて、とにかくどの曲にもフックがあってキラキラしていながら安定のクオリティがある。
本作は彼らにとって7枚目のアルバムとなり、少しだけダンスフロアに寄せたポップスというのにはもう目新しさは無いけれども、こういうのを飽きずに求めるファンには嬉しい1枚。
River/River
カリフォルニア出身なのに、なぜかハンブルクを拠点に活動する男性デュオ、Riverのアルバムは2022年2月のリリース。
ユニット名およびアルバムタイトルが普通名詞のRiverのみであるために、検索にヒットしにくい上に、恐らくインディーズレーベルのためにこのデュオの情報がほとんど見つからない。
音楽の印象としては、上記したPhoenix、またはTahiti 80に近いポップさがあって、「Inappropriate」のノリの良さはなかなか良いし、「Someday」の郷愁を誘う感じは何ともいえない切なさがある。カリフォルニア出身という情報を仕入れた上で聴いてみると、なるほど西海岸特有の空気感もほのかに感じられる。
カリフォルニアのカメラマン、Franck Bohbotのパステルカラー調でノスタルジックなカバー写真も雰囲気があって好き。
Live From South Channel Island (Live from South Channel Island)/Mildlife
メルボルンのファンクバンド、Mildlifeのライブ・アルバムは2022年4月リリースでレーベルはHeavenly Recordingsから。
Mildlifeはこれまでにオリジナル・アルバムを2枚リリースしており、私はそれらを未視聴で本作が初。しかしオリジナルを知らなくとも存分に楽しめる。
船で South Channel Island という無人島へ行きライブを収録したものとのことだが、音がクリアでキレイ。
1曲目の「Rare Air」から尺が10分以上あり、展開に変化があるのは少しプログレっぽさも感じる。ほどよいグルーヴ感とゆったりしたシンセサウンド、そして優しい男性ヴォーカルの調和は時間を気にせず楽しめる。(確認したところオリジナルは7分以下なのでライブ用にアレンジされていると思われる)
こみ上げてくるように、ゆっくりと気分を上げていくのに最適な音楽。まだメンバーは若いと思われるのだけど、音楽は老成しているというか安定感がある。
Cherry/Daphni
カナダ出身でCaribou、Manitoba名義でも活躍してきたDan SnaithによるDaphni名義のアルバムは2022年10月のリリース。
この人のつくる音楽って、ダンスビートというよりエレクトロニカに近いと記憶しているのだけど、本作はかなりビートが強めでエモーショナルなテクノになっている。
表題曲「Cherry」はプリミティブだけども音の出し入れや、音の粒ごとの距離感が絶妙で疾走感に陶酔できる。そして「Cloudy」のピアノの旋律の美しさとハイハットのような音との組み合わせも好き。
全体を通してとてもエモーショナルな楽曲にはテクノ特有の「揺れ」があって、90年代テクノを彷彿とさせる。そして意外性のある音色がそこかしこに散りばめられたているから、ミニマルだけど次はどんな音が飛び出すのか?と思わせる中毒性がある。
Disco Diggin' : Disco Music Gems From Vinyl Diggers
70~80年代のディスコ・ミュージックを集めたコンピのリリースは2022年9月でレーベルはWagram Musicから。
Shane Salcido & Eastside Connection「You're so Right for Me (Radio Edit)」のどこまでも陽気な感じや、Carol Williams「Love is You」の程よい空気感のサウンドなど晴れた日の午前中にずっと聴いていたい気分の良さがある。
誰もが聴いたことのあるような派手なディスコ・ミュージックではなく、選曲のセンスの良さを感じさせるエヴァーグリーンな名曲がパッケージングされていてオススメ。
こういう古い音楽は本来ならデジタルではなくレコードで聴きたいところ。
Step on Step/Charles Stepney
Earth, Wind & FireやMinnie Ripertonなどのプロデューサーとして活躍し、1976年に亡くなったCharles Stepneyの蔵出し音源集が46年ぶりに2022年9月のリリース。レーベルはシカゴのInternational Anthemから。
世に出るパッケージされた音楽の完成度からすると、本作のホーム・レコーディングされた多くの楽曲はデモ音源集と捉えた方が正しい。
またCharles Stepneyの音源は、Kanye West、A Tribe Called Quest、The Fugeesなど様々なミュージシャンからサンプリングまたはカバーされているため、本作は1枚の元ネタ集のようでもある。
だけれども、聴いていて心を動かされる音楽か否かというのは、音楽の完成度のみに左右されるものではないと思わされるのが本作。
Earth, Wind & Fireの名曲の原型でエレピの音色が切ない「Imagination」にはグッとくるものがあるし、かつてNuyorican Soulに引用された「Black Gold」の張り詰めた空気の緊張感などには心が揺り動かされ、数々の名作に携わってきた人の天才としての片鱗を感じられる。
Romantic/Lande Hekt
2019年リリースのデビュー・アルバム『Going to Hell』でゲイであることをカミングアウトしていたLande Hektによる2曲入りシングルのリリースは2022年5月のリリースで、レーベルはRough Tradeから。
「Romantic」のたどたどしい感じの切なさも素晴らしいのだが、2曲目の「Octopussy」The Wedding Presentのカバーが、なんとも叙情的で美しい。オリジナルと聴き比べても遜色の無い出来で本当に素敵な曲だと思う。
心の内側からこみ上げてくるように気分を上げてくれる曲で、ポップなメロディーや激しさ、ノリだけが気分を持ち上げてくれる音楽ではないということを確認できる。
2022年9月には2ndアルバム『House Without a View』もリリースされており、こちらも素晴らしい出来だったが、本作収録の2曲が未収録なのはレーベルが違うからかも。
Squeeze/Sasami
韓国をルーツに持ち、LAを拠点に活躍するSasamiの2ndアルバムは2022年2月のリリースでレーベルはDomino Recordingから。
インパクト強めな優しくないカバーデザインから想像されるとおり、のっけからかなり激しい。
「Skin A Rat」ではMegadethのDirk Verbeurenがドラムを叩いているらしく、ギターサウンドも重いし、ヴォーカルは歪んでいるからメタルっぽい。
しかし、アルバム全体を通してみると「Call Me Home」は大人しめだし、「Make It Right」などはとてもキャッチー。バリエーションに富んでいるから飽きずに聴ける。
カバーに使用されている蛇のような女は『濡女』という妖怪をモチーフにしているらしく、獰猛さや慈悲深さといった矛盾する要素を併せ持つ多面的な存在とのこと。
私の場合、見ず知らずのミュージシャンの音楽を聴くかどうかの判断は、まずはカバーデザインが好みか否かなのだが、本作のようにやたらと怖いのは普段ならスルーするところなのだが、インパクトに釣られて試しに聴いてみたところ意外にも良かったという1枚。
本名はSasami Ashworthとのことだが、スーパーの鶏肉コーナーでパッケージされている肉を連想させる名前を含め個性が強すぎて、思わず姐さんと呼びたくなる。