日本美術史において避けて通れない存在、写楽。「またしても」の謎の画家である。
しかし、猛烈な勢いで仕事をした写楽の絵は、突然出版されなくなる。
この本で写楽を扱う章のタイトルは、「『似ている』が問題になるもの」「『似ている』が問題になるもの 第二番目」「『似ている』が問題にならないもの」「時代を二つに分けるもの」である。似ているとか似ていないとかの問題が出てくるのは、写楽がこのような特長を持つ画家であるからだ。
写楽の前に、歌舞伎役者の似顔絵を描けた画家はいない。紋などによってステレオタイプ化された、記号としての役者絵しかないところに登場した写楽の絵は、だから新しかった。それが同時代人の評論によってわかる。写楽の新しい表現はプロの浮世絵師達に深い影響を与え、しかし時間の経過とともに、写楽は古くなっていく。何が古くなっていったかと言えば、「歌舞伎役者絵は記号的であらねばならない」という、その考え方である。写楽は役者の似顔絵を描くという点で新しかったが、役者絵の暗黙のルールに則っていた。写楽の絵によって開かれた新しい時代は、古い約束事までも瓦解させる方向に進んでいく。写楽がいなくなった後は、古い約束事から自由になり、なんでも描ける職人達の時代へと変わっていくことになる。