私が摂食障害と鬱を克服するまでの話
こんにちは、はじめまして。
のりこ(チロ公のざちょー)と申します。
本日は私の過去の話「第2段」ってことで
過去の痛々しいダイエット、摂食障害、鬱の歴史を時系列でご紹介します。
(これまでの過去のまとめは👇)
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・生後~中学まで
ご飯パン麺おやつスイーツファーストフード大好き!
ダイエットって何―?おいしいのー?(´ρ`)モグモグ
↑的な、ダイエットとは無縁のデブエット生活を送るコデブ野郎でした。
昔から美意識の高かった姉からは、喧嘩するときには必ず
「デブ!」の言葉で締められ、小学時代の男友達からの誕生日の手紙には
鉛筆でこすったら出てくる浮き文字(?)でわざわざ「ダイエット頑張れ」と書かれる始末…
がしかし、体型より美味しいもの食べる方が大事だった私は中学でもコデブ生活を送りつづけます。
ここだけ?の話、週に1回はマックのダブルチーズバーガーセット(ピクルスは抜きね)を食べないと発狂してたほどのジャンクフード好きでした。
ちなみにおやつにチキンラーメンをそのままボリボリ食べたり、寝ながらパイの実ファミリーパック完食しちゃうとかもザラにありましたww
・高校時代
・高校1年生
彼氏ができ、美意識が高まるようになってから、ダイエットを始めます。
まずは間食のお菓子をやめ、1日20分くらい「踏み台昇降」
これが人生初のダイエットのための運動\(^o^)/
・高校2年生
ダイエットは地味に続き、157cm/47kgくらいをうろうろ。
で、当時読んでいたティーン女性誌の超細いモデルさんに憧れて、
「今の自分は太りすぎだ!もっと痩せなきゃ!!(;´Д`)」
と焦り、1日1200カロリー厳守+運動(ステッパー)毎日40分を決行。
↓
で、高校2年生後半には生理も止まり、体重は40kgを切り、すっかり拒食症になる私\(^o^)/←
また、この時期に今や私の唯一10年以上続いている趣味の「エアロバイク」に出会い、
エアロバイクが楽しすぎて毎日1時間こぐのが習慣化→さらにダイエットに拍車がかかる
・高校3年生
拒食症がしばらく続き、体重は157cm/35kgくらいに突入\(^o^)/
友達や保健室の先生からは常に心配されていました。
(定期的に保健室の先生からお弁当の中身チェックされていたりもしましたww)
父からはホネカワスジエモンとか言われてましたが
ダイエットハイになってるのかガリガリでも何故か元気だったので、部活(吹奏楽でパーカッション)もバンド(ドラム)も普通に出来ていました。
定期的にお菓子や甘いもののむちゃ食い(過食)→食事制限と運動でもどす
を繰り返していた感じ。
・大学受験~入学、親にカミングアウト
このあたりが私の人生最大に痩せていた時期だと思います。(157cm/32kg)
受験帰りの風の強い名古屋の街中を、風圧で飛ばされそうになりながら
ヨロヨロと歩いていたのを良く覚えていますww
大学合格が決まってから、拒食症の毎日が辛すぎて、
「本当はすごくすごく食べたいけど、太るのが怖くて食べれない・・・でも食べたい、拒食症を直して生理も戻したい…!」
と、母に自分の心のうちを手紙に書いて渡し、自分が摂食障害(拒食症)でつらいことを母に打ち明けました。
母は「食べても大丈夫。今は痩せすぎてるから、食べたいもの食べたいだけ食べたらいいよ。たくさん栄養つけて、元気になろう。」
と、言ってくれました。
それ以来、好きなものを食べたいだけ食べるようになり、拒食症から過食症に移行し、体重も増えていきました。
・大学(一人暮らし)時代
一人暮らしするようになって、本格的に過食症発動。
毎日食パン(なぜかライ麦パン)を何斤も食べる生活を送り、
体重が増えては、エアロバイクと食事制限で必死で減らし、
また過食して増えては、ダイエットで戻し…の生活を繰り返す。
過食期にはオムライスにハマってオムライス屋めぐりしてた時期、
アーモンドにハマって1日にアーモンド1,2kg食べ続けていた時期など
特定の食べ物にハマって食べ続ける意味不明な時期もありました。
大学時代は一人暮らしなのを良いことに、とにかくありとあらゆるダイエットに手を出しました。
・リンゴだけダイエット
・ゆで卵だけダイエット
・血液型ダイエット
・玄米菜食
・ローフードダイエット
・アーモンドだけダイエット(というかナッツ中毒ww)
・マイナスカロリーフルーツダイエット
・低炭水化物ダイエット各種
・脂肪燃焼スープダイエット
…あといろいろあるけど忘れました(笑)
いうまでもなく全部途中で挫折\(^o^)/
体重変動はMAX:56kg~MIN:40kgとかだったかな
・大学卒業~実家でニート時代
就職のガイダンスの雰囲気に違和感を感じて、一切就活をしなかったため就職先も無く、名古屋で一人暮らししていたアパートの契約期間が切れるのを期に大学卒業後(正確には大学4年の後期くらい)には一人暮らしを辞め、滋賀にある実家にもどる。
そして、しばらくニート生活を送っていました。
このときももちろんダイエットは続いており、自分的に一番続けやすかった
カロリー制限(上限1400cal)+運動(エアロバイク)を毎日続けていました。
(ただし野菜はカロリーに含まずに、とにかくお腹を満たすために1日大根1本、キャベツ1玉…など余裕で食べてました)
それでもやっぱりたまに食欲が爆発してドカ食いしたり、週末食べ放題めぐりなどが辞めれず
体重は157cm/42~35kgをウロウロしていました。
・お惣菜屋さん時代
実家に帰ってしばらくしてからは、
お惣菜屋さんでバイトをするようになりました。(週3~4日で、夕方5時~9時まで)
売れ残ったお惣菜やお弁当などが持って帰り放題だったので
バイトの日は毎回大量にお惣菜を持って帰り、次の日の朝など、親が仕事で家に誰もいないときに
お惣菜や、家にあるお菓子などをこっそり過食する日々を送るようになる。
(親の前で過食するのは恥ずかしかったので基本的に隠れ食いスタイルw)
その数ヶ月後、お惣菜屋さんが閉店することになりバイトを辞めることになる。
・克服するきっかけとなる「断糖食」との出会い
糖質中毒(過食衝動)からどうしても抜け出したくて、いろんな本を読み漁ってた時に出会ったのが荒木裕先生の「断糖」という食事法。
この食事法は読んで字の如く「糖質を断つ」という食事法で、その代わりに「タンパク質」をこれでもかってくらい食べて体と心に必要な栄養(タンパク質)を補給して体質改善していくというもの。
そんな荒木先生の提唱している断糖を藁をもすがる思いで実践。
最初の2週間〜1ヶ月くらいは糖質を食べれないことがめちゃくちゃ辛かったけれど、その分とにもかくにも肉や魚や卵を野生獣のように食べまくって、甘いものやお菓子、ジャンクフードを食べたい気持ちを抑えていました。
で、しばらく断糖を続けていると、不思議と「甘いものが食べたい」「過食したい」という気持ちがなくなって、体が自然にタンパク質を求めるようになりました。
断糖食との出会いで、長かった私の摂食障害はここで寛解されたように思います。
*荒木裕先生のクリニックHP
*荒木裕先生の著書
(Amazonでも買えます)
・藤川徳美先生との出会い(高タンパク+低糖質+メガビタミン)
断糖食を続けて、すっかり過食がなくなったのですが、それでもたまにくる不定愁訴がなかなかぬけずに辛い時があったり、体がだるいときがありました。
そんな時に出会ったのが、藤川徳美先生のブログと、書籍。
精神科医の藤川先生は、「全ての不調はタンパク質、鉄、ビタミン不足からくる」と言っていて、それを聞いてから自分の今までの「高タンパク+低糖質」の食事に「鉄分+メガビダミン+ミネラル」をプラスする食事に変えました。
そしたら今までの不定愁訴が嘘だったみたいにほとんどなくなって(たまに気象の変化などで頭痛になる時があるくらい)体力も筋トレが毎日元気にできるくらいまで回復。精神的にもすごく前向きに生きれるようになりました。
*藤川徳美先生のブログ
*藤川先生の著書
・母と同じパート先で働く。そして大恋愛と失恋。
お惣菜屋さんを辞めて、ニート生活をしばらくしていた時、母の務めているパート先である某企業会社の社員食堂で働かないか?と母に声をかけられ、そこで一緒に働くことに\(^o^)/
で、そのパート先の社員さんに一目惚れして恋に落ちて(←この恋がもう、自分史上最大とも言えるくらいにドカンとハマった恋愛だった)毎日その人に会えるのが楽しみでパートに行く日々を送ってました。
職場に行けば、大好きな人が居て、目の保養ができて(笑)、そんな楽しくてドキドキワクワクな生活を送っていたのもつかの間…
人生最大の恋は人生最大の失恋となって終わり(←これについては後日noteにまとめます)このタイミングで、今まで押し殺していた親への恨みなどのあらゆる負の感情が爆発(顕在化)して母との関係も悪化。
いろんな嫌なことが一気に重なって、最終的に鬱になる。
そこからは自殺願望、無価値観、無気力、無感動、希死念慮に支配され生きてるか死んでるかもわからない状態になり、
結局パートも続けられなくなるくらいに落ちまくって、パートを一旦辞め、精神科デビュー。
精神科でもらった抗うつ剤飲みつつ過ごすが、全く良くならず、状況は悪くなる一方。
「抗うつ剤飲んでも全然良くならねぇ!」ってことにムカついた+薬に不信感しか抱けなかったので、薬も飲むのをやめて、完全に人間関係もシャットダウン。
自室に引きこもり、昼夜逆転生活を送って同居してる両親とも家では極力顔を合わせないようにしてとにかく廃人生活を送る。
毎日毎日、部屋でひたすら死にたい死にたいとか思いながらも、
無駄に食欲だけは健在だったので食っちゃ寝食っちゃ寝しながら薄暗い部屋で空を眺める生活を送る(゚∀゚)w(自暴自棄になって糖質とかも食べまくっては体調不良になってベッドで廃人になっていた)
体にまとわりつく脂肪と、この世への絶望と、あの世への希望だけが日に日に増えていく毎日。
「このままマツコみたいな体になって肥満になって不健康になって他界しよっと」とか、もはや意味不明な夢を抱いていた(笑)
死にたい人の気持ちが心底わかった気がした。
で、人生最大のどん底までいって…
だけどその中でもたくさんいろんな自問自答、試行錯誤を繰り返したり
鬱生活の中で身近な人の温かさや温もりに触れ…
小さな事がポツポツ積み重なって、自分の中でちょっとずつ生活に対する希望が増えてくる。
そしてだんだん、少しずつ、元気になり、ゆっくり鬱も回復していきました。
まあなんやかんやあって、無事に復活して、またパート復帰\(^o^)/
それから、私の今の最愛の存在である「チロ」に出会い、愛することの幸せを学び、自分が生きる意味を少しずつ見出していけました。↓
それからは自分のやりたいように、自分なりの価値観と楽しみ方で
自由に気楽に毎日を送ってる感じで、今現在にいたります。
(最後の方だいぶはしょってますw)
ただ、↑の心境が自分の中に根付くには、前途した過去のあらゆる経験が必要だった。
摂食障害や欝、様々な紆余曲折や失敗(本当は失敗ではないんだけどね)経験を通して浮き彫りになる
ありのままの自分を知り、受け入れる。
どんな酷い認めたくない自分だろうが、そのありのまんまの自分を、否定することなく、目をそらすことなく直視し、真摯に向き合う。
そうすることで摂食を手放し、自分なりの生き方を見出し、自分軸をもって生きられるようになったのだろうと思う。
とにもかくにも、
克服のポイントは、自分を知ること。
今まで無視してきたありのままの自分を受け入れること。
(自分を愛するとかじゃなく、「ああ、自分はこういう人間なんだ」とただ知り、受け入れるだけでもいいと思う。)
そして、体にちゃんと栄養を与えてあげる事。
精神面、栄養面、どちらも大切。
そして、何事も気にしすぎないのが一番!\(^o^)/
(とは言っても気にしちゃう性格だからこんなんになっちゃうんだけどね。)
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大丈夫、あなたは素晴らしい。
だってあなたという人間はたった1人しかいないのだから。
ほんとにあなたって素晴らしいんだよ。
私でよければ、いつでも話を聞きます\(^O^)/
聞くことしかできないけど、
気持ちを完全に理解することはできないかもしれないけど、
話すことで自分の本当の気持ちに気づくきっかけを作れるかもしれないし、やっぱりいろんな人と話して、たくさんの世界観に触れることで見えてくるものはたくさんあるから。
しつこいですが繰り返します。
あなたは、生きてるだけで素晴らしい
思うだけでいいんです。
騙されたと思ってみてください。
自分は生きる価値がある、自分は素晴らしい
見える世界が変わるよ\(^O^)/
そう思えない人も
無理に思おうとしなくて大丈夫。
焦らなくて大丈夫。
というかね、
たとえ素晴らしくない人間だとしても
今、楽しく生きてりゃそれでいいじゃん!
っていうのが最終的な私の結論です。
素晴らしいか、素晴らしくないか
価値があるのか、価値がないのか
愛されているのか、愛されていないのか
そんなもんはもうどうでもいい!
知るか!そんなもん\(^O^)/
今、楽しかったり、幸せだったり、穏やかでいられるなら
それでいいじゃんw
ゆるっといこう\(^O^)/
自分の人生を笑おう\(^O^)/
みんなで笑おう\(^O^)/
(だんだん脱線してきたw)
という感じで、こんななんの得にもならない長文駄文を読んでくださって本当にありがとう\(^o^)/
のりこ(チロ公のざちょー)
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