岩波少年文庫を全部読む。(25)ベルギーの名探偵犬、鼠文学に登場 ヒュー・ロフティング『ドリトル先生の動物園』
『航海記』の直接の続篇
『ドリトル先生のサーカス』に続くシリーズ第5作。
作中時間からすると第2作『ドリトル先生航海記』の直接の続篇ということになります。
『航海記』のエンディングは、スタビンズを含む先生一行が〈大ガラス海カタツムリ〉の殻に入って海底を通ってクモサル島から英国に戻る、という印象的なものでした。本書冒頭で先生たちは、留守を守っていた家鴨のダブダブや豚のガブガブらに迎えられます。
本書はざっくり3つの部分から成り立っています。最初の部分は、先生の帰還と〈動物園〉の再建を物語ります。先生は自宅の庭にある〈動物園〉のリニューアルに着手、園長として〈雑種犬ホーム〉をはじめとする動物たちの宿泊所や福利厚生施設をつぎつぎと実現していきます。スタビンズ副園長と鸚鵡のポリネシアが動物園の運営に携わります。ここまでが本書の最初の3分の1。
鼠文学と探偵犬
白鼠が提案した〈ネズミ・クラブ〉では毎月、〈ツキヅキ記念宴会〉で鼠たちの身の上話や見聞がシェアされます。本書中盤を占める3分の1は、この記念宴会での鼠たちの複数の体験談。前作『ドリトル先生のサーカス』で成立した枠物語構造がここにも登場します。
そして終盤3分の1は、とつぜん探偵小説に変わります。
近所のムアスデン荘園の邸宅の火災で、地下室から逃げ遅れた鼠一家を救うため、先生はジョリギンキ王国のバンポ王子や猫の肉屋マシュー・マグらとともに現場に赴きます。
しかし荘園の持ち主であるシドニー・スログモートンは、火を消し止めた先生たちに冷たく当たり、追い返します。邸宅住まいの鼠が一枚の羊皮紙を発見、その謎を解くのは、ベルギー出身のテリアで靴フェチのクリング。この推理部分は鮮やかです。
英国作家が書くベルギーの名探偵といえばエルキュール・ポワロ。灰色の脳細胞を持つかの名探偵はドリトル先生より2年早い1920年にデビューしました。本書が刊行された1925年までに、アガサ・クリスティはすでに、ポワロものの長篇小説2篇と短篇集1冊を刊行していました。
悠揚迫らぬ身軽さ
このシリーズで、ドリトル先生は英国内、国外、そして月、とあちこちに旅しています。その持ち物はごく身軽でした。本書で鸚鵡のポリネシアがこんなことを言っています。
結局動物たちは剃刀の携行を先生にすすめるのですが、それはともかく、この悠揚迫らぬ身軽さが、先生の余裕ある感じ、ひいては作品が身にまとっている飄逸さを生み出していると言っていいでしょう。
では次回、『ドリトル先生のキャラバン』でまたお目にかかりましょう。
Hugh Lofting, Doctor Dolittle's Zoo (1925)
挿画もヒュー・ロフティング。井伏鱒二訳。巻末に畑正憲「ドリトル先生は永遠の恋人」(2000年春)を附す。後年の版では岩波書店編集部「読者のみなさまへ」(2002年1月)が加わる。
1979年2月27日刊、2000年6月16日新装版。
ヒュー・ロフティング、井伏鱒二については『ドリトル先生アフリカゆき』評末尾を参照。
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