岩波少年文庫を全部読む。(145)これ以上なにか足してもダメ、引いてもダメ。奇蹟のようなバランスでもたらされたおとぎ話の美 メアリ・ド・モーガン『風の妖精たち』(抄)
メアリ・ド・モーガン『風の妖精たち』(岩波少年文庫)は、同名の短篇おとぎ話集(1900)から2篇を除く7篇を、収録順に訳したもの。訳者は矢川澄子です。
禁止と違反のセット
物語の世界は、禁止と違反と発覚と罰に満ちています。
禁止は違反の前フリに過ぎないと思えるほどです。
旧ソヴィエト連邦の民俗学者ウラジーミル・ヤコヴレヴィチ・プロップは、『昔話の形態学』(1928)で、ロシアの魔法民話の筋を構成する諸要素を分類しました。
これによれば、魔法民話の各話は、ごく限られた数の〈機能〉の取捨選択と組み合わせから成立しており、資料体を走査しても、その〈機能〉の種類は総数わずか31を数えるものだったといいいます。
プロップが挙げた31の諸機能のなかで、γ〈主人公に禁を課す〉=〈禁止〉とδ〈禁が破られる〉=〈違反〉は、リストの2番目と3番目に接して置かれています。
〈禁止〉とは、主人公が「××をするな」と命じられたり、あるいは「××をすると碌なことがないよ」と忠告されたりすること。
主人公がこの禁を破らなければ、罰としての災厄が起こらず、ひいてはストーリー自体が展開しません。
〈禁止〉と〈違反〉がセット状態であるとはどういうことでしょうか。
物語において禁止が提示されると、物語の受信者は、即座にそれが違反された状態を思い浮かべるということです。
違反によって、罰やその他の災いが招かれることを、人間は自動的にシミュレーションしてしまうのです。
つまり筋書き的に言えば、禁止を提示することイコール違反の「旗標」を立てること、前フリというかたちになります。
その点でこれは、ダチョウ倶楽部の故・上島竜兵さんが熱湯風呂の場面で「押すなよ! ぜったい押すなよ!」と念を押して禁止したお約束のくだりのようなものかもしれません。
フラグをへし折る
本書『風の妖精たち』の表題作は、このフラグを立てまくってはへし折っていく、オフビートなおとぎ話です。
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