岩波少年文庫を全部読む。(99)エドワード朝ミドルクラス版「特攻野郎Aチーム」? ケネス・グレアム『たのしい川べ』
子どものころ本を読まなかった僕は、例によってケネス・グレアムの『たのしい川べ』(1908。石井桃子訳、岩波少年文庫)も去年2月に読んで、
「『小学4・5年以上』と書いてあるが、えらいハイブラウな作品だな!」
と驚愕。英国児童文学の凄みに打ちのめされました。
映画に行く時間が取れず、先月の『ザ・ウィローズ』を逃してしまったのは、かえすがえすも残念です。
エドワード朝ミドルクラスのモグラとネズミ
この物語の中心にいるのは4匹の動物です。
モグラ(Mole a.k.a. Moley)はお人よしで内気ながらしっかりと自律した、思いやりのある温和なキャラクター。地下にある家の春の大掃除にうんざりして、晴れた外の世界に飛び出します。
見たこともない川にたどり着き、ネズミ(Rat a.k.a.Ratty)=水畑鼠(European water vole)と出会います。彼はボートで川遊びをしたり歌を作ったりして悠々自適。楽天家で夢想家な自由人で、詩的・芸術的感受性に優れています。
モグラと意気投合したネズミは、舟遊びを何日も続け、川とのつきあいかたを教え、川辺の自宅につれていき、共同生活を始めます。
彼らの生活様式はエドワード朝の恵まれたミドルクラスの暮らしを反映しています。
また川遊びの様相は少し前の、ヴィクトリア朝末期に発表されたジェローム・K・ジェロームの『ボートの三人男』(1889。丸谷才一訳、中公文庫)やモーパッサンの「蠅」(1890。青柳瑞穂訳『モーパッサン短編集』第2巻所収、新潮文庫)などにつうじる世界ですね。
ヒキガエル登場!
夏になりました。最初は刺戟の多い川岸の暮らしにおびえ気味だったモグラも、だんだん馴染んでいきました。
ある日、ふたりは壮大なヒキガエル屋敷(Toad Hall)のそばに船をつけ、裕福な主人ヒキガエル(Mr. Toad)を訪問します。登場順ではモグラとネズミのあとですが、彼こそは本書のフロントマン、物語世界を牽引する強力なキャラクターなのです(石井桃子訳の親本である《岩波の愛蔵版》版では「ヒキガエルの冒険」という副題がついているほどです)。
陽気で親切なヒキガエルは自惚れも強く、亡父から相続した莫大な富を活かすこれといった目的もなしに、流行りものにハマって大金を投じてはすぐ飽きてしまう性格。
最近はボートをやめて、騎馬でキャンプに行くのにハマっています。動物が動物を使役している…。
強引で高飛車なヒキガエルは、興味津々のモグラと川を離れたくなくて乗り気じゃないネズミを連れて出発しますが、キャンプというのは甘くない。雑務が厭で翌朝寝坊してしまいます。
通りかかった自動車に馬が驚き、一行は溝に横転。ネズミは車の運転手を起訴するぞと脅し、モグラは馬を取り押さえて落ち着かせます。
動物たちと人間たちとは同等の存在のようです。
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