【期間限定無料】このあと、読者はどうなった? : フリオ・コルタサル「続いている公園」(木村榮一訳『遊戯の終わり』所収、岩波文庫)
以前予告していたように、まずはこれ。
アルゼンチンの小説家フリオ・コルタサルの短篇集『遊戯の終わり』(1956)から、掌篇小説「続いている公園」。
Julio CORTÁZAR, "Continuidad de los parques" in Final del juego, 1956.
翻訳でたった2頁程度のお話です。どんな話かというと、
え? 上の画像がネタバレしてる?
ホントだ。カヴァーに思いっきり書いてある。
肘掛け椅子に座って小説を読んでいる男が、ナイフを手にした小説中のもう一人の男に背後を襲われる「続いている公園」
カヴァーでいきなりネタバレです。
……まあ、気を取り直していきましょう……。
でもこの〈小説中のもう一人の男〉って、なんかよくわからない要約だよなあ。
じゃあ、実際に読んでみよう。
「続いている公園」はどんな小説?
フランスの文学理論家ジェラール・ジュネットは、『物語のディスクール 方法論の試み』のなかで、「続いている公園」をこう要約しています。
自分が読んでいるさいちゅうの小説の登場人物に殺害されてしまう男の話〔拙訳〕
英国の文学研究者クリストファー・ナッシュの、World Postmodern Fictionのなかの要約も、こんな感じ。
小説の読者が、その小説の登場人物に殺される〔拙訳〕
米国の文学研究者ブライアン・マクヘイルはPostmodernist Fictionのなかで、こう要約しています。
ひとりの男が小説を読み、その小説のなかではある殺人者が、愛人の夫を殺すために、公園を横切って近づき、家に侵入する。そしてその愛人の夫というのが、その小説をまさに読んでいるさいちゅうのさっきの男なのだ〔拙訳〕
読んでる小説の登場人物に殺されるわけで、画面から貞子が出てくる映画『リング』みたいな話として紹介されているわけですよ。
でも「続いている公園」の本文を読んでみると、これらの要約が必ずしも文字どおりではないってことがわかるのです。間違っているというわけでもないけれど……。
本文では、最初に出てきて読書する男と、結末に出てきて読書中に殺されそうになる男との同一性は、あくまでほのめかされるだけなんです。
じゃ、じっさいに読んでみよう。
「続いている公園」の最初の段落には、まず〈彼〉と呼ばれる人物がどういうふうに小説を読んでいるか、その状況を書いてあります。
彼は数日前にその小説を読みはじめた。急用があって一度投げ出したが、農場にもどる列車の中でふたたび手に取ってみた。物語の筋と人物描写が少しずつ彼の興味を引きはじめた。〔木村榮一訳〕
小説ではしばしば、読者にとって未知のものでも、まるで既知の(すでに話題に出た)ものであるかのように、これといった紹介もなくいきなり提示することがよくありますよね。
ほかでもないこの「続いている公園」の冒頭の〈彼〉がそうです。
午後は〔…〕農場監督と共同経営のことで話し合った。そのあと、樫の木の公園に面した静かな書斎で本に戻った。不意に人が入って来そうで落ち着かないので、ドアに背を向ける格好で愛用のひじ掛け椅子に腰をおろし、左手で緑のビロードを撫でながら残りの章を読みはじめた。〔…〕たちまち小説の架空の世界に引き込まれた。読み進むうちに、まわりの現実が遠のいてゆく。〔…〕大窓のむこうでは夕暮れの大気が樫の木の下で戯れている。
〈彼〉ってどういう人なのかの紹介はなくて、わからないまま読んでいくと、どうやら農場を経営しているらしいことがわかってくる、といった感じです。
ついで、〈彼〉が読んでいる小説の一場面のあらすじが紹介され、それにたいする読書中の〈彼〉がどんどんそこに入りこんでいく過程も少しだけ書かれています。
人物のイメージや名前がまだ記憶に残っていたので、たちまち小説の架空の世界に引き込まれた。読み進むうちに、まわりの現実が遠のいていった。頭はビロードの背もたれにゆったりもたれかかり、タバコは手の届くところにある。大窓のむこうでは夕暮れの大気が樫の木の下で戯れている。罪深い楽しみを味わっているような気持に襲われた。
小説のなかでは男女が密会し、男のほうが〈あの男〉を〈どうしても殺さなければならない〉などと考えています。そして女から、殺害計画のターゲットの屋敷の構造を聞き出し、刃物を持ってその屋敷を訪れます。
〈彼〉経由で作中作を読む
ここまでは、
〈ストーリーを追っていくうちに〉
〈会話が何ページにもわたって続く〉
〈物語は少しのたるみも見せず展開していく〉
といった表現が使われています。
つまり、〈彼〉が読んでいる作中作の内容を報告しているんですよ、というマーカがあるわけです。
それがつぎの段落、「続いている公園」はとても短いのでこれが最終段落になりますが、ここでは前段にあったそういうマーカは、いっさいなくなります。つまり、小説内小説(虚構内虚構)の世界の記述だけになる。
そしてそのなかで、凶器を持った男がターゲットに接近するわけです。
たそがれの葵色の靄の中に、あの屋敷に通じるポプラ並木が浮かび上がった。思ったとおり、犬は吠えなかったし、農場監督もいなかった。〔…〕広間のドアが目に入った。〔…〕ナイフに手がかかったのはその時だ。大窓から光が差し込み、緑のビロードのひじ掛け椅子の高い背もたれには、小説を読んでいる男の頭が……。
ここで「続いている公園」は終わりです。
このとき、なにが起こっているのでしょうか?
(↓こちらへつづく)
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