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岩波少年文庫を全部読む。(4)岩波少年文庫の本領発揮? それともヴァイオレントなホラーアクション? アリソン・アトリー『グレイ・ラビットのおはなし』

(初出「シミルボン」2020年10月22日

これぞ岩波少年文庫!

 この連載は、岩波少年文庫の通し番号順に取り上げています。その通し番号は、2000年の岩波少年文庫リニューアル時につけられたものです。

 ここまでの3回で、フランスチェコの小説家の唯一の童話(集)1点ずつと、岩波少年文庫立ち上げスタッフ(もちろん日本語で書く人)の単行本デビュー作が並びました。

これらはそれぞれに著名な作品であり、岩波少年文庫のロングセラーであり、とりわけ『星の王子さま』はおそらく累計部数がとんでもないことになっているベストセラーでもありましょう。

 でも、それらが「いかにも岩波少年文庫」なラインナップかと言われると、それはどうかしら。

 そもそも、岩波少年文庫は翻訳ものが中心だから、日本の作品というのは例外とまでは行かないけど、少数派だし、フランスやチェコの作品、それも大人向け作家が例外的に書いた童話というのは、これまた岩波少年文庫のなかではけっして標準的(偉いという意味ではない)なものではない気がします。
(そもそも、よく言われることですが、フランスは児童文学については厚みに乏しい国なのです)

 岩波少年文庫らしい岩波少年文庫というのは、20世紀前半から中盤の、広義のゲルマン系言語(英語、ドイツ語、オランダ語、スウェーデン語など)圏、とりわけ英国の、児童文学プロパーな作家の作品。

 ……というのはあくまで僕の勝手な思いこみですが、賛成してくれる人もいないことはないでしょう。

 4回目にして、やっとそういう「スタンダードな岩波少年文庫」って感じのタイトルが出てきました。アリソン・アトリーの『グレイ・ラビットのおはなし』です。

多彩な動物キャラクターとのどかな田園世界

 《グレイ・ラビット》シリーズは1929年から作者の死の前年である1975年まで、じつに半世紀近く、毎年のように刊行され、僕が把握したかぎりでは戯曲(集)2点を含む37タイトルあります。

 本書には1932年までに刊行された最初の4タイトルが、「第一話」から「第四話」として訳載されています。

 控えめで優しい、でも芯の強いヒロインであるグレイ・ラビット(Little Grey Rabbit、灰色兎)、やや向こう見ずなところもある自信家のヘア(Hare、野兎)、愛想はいいが我儘なスキレル(Squirrel、栗鼠)が、森のはずれの小さな家でルームシェアしています。

 他のキャラクターには、乳搾りを生業とするハリネズミ(Milkman Hedgehog)、その息子のファジー坊や(Fuzzypeg)、そのいとこビル(Bill)、郵便屋のムネアカ・コマドリ(Robin)、なんでも知ってるけど昼間は眠たいカシコイ・フクロウ(Wise Owl)、モグラのモルディ(Moldy Warp)、トード(Toad、蟇蛙)、ラット(Rat)、マダラ・メンドリ(Speckledy Hen)、捕食者としてのキツネ(Fox)などがいます。

 バンチンおばあさんやスノウボールおくさん、鍛冶屋さんといった人間も登場しますが、少なくとも本書収録作ではあくまでちょい役です。

 動物たち同様のプレゼンスを見せてくれるのが、舞台となったのどかな田園世界。市場も出てきますが、あくまでメインとなるのは森であり、小川であり、草っ原です。

 その風景を記述する本文のさりげない美しさは、大人の読者である僕には、キャラクターたちよりもさらに魅力的でした。

ピースフルではないハードコアな暴力世界

 しかしそんな田園風景の美しさとは対象的に、「第一話」として収録された「スキレルとヘアとグレイ・ラビット」(1929)は強烈でした。

 恐ろしい敵キャラ・イタチに、ヘアとスキレルが攫われ、袋に入れられてお持ち帰りされてしまった。グレイ・ラビットはふたりを救うために、鋏と縄と棒を持って、イタチの家に単身向かう……。まさにハリウッド製ホラーアクション映画の図式です。

イタチの足あとは、小川をわたっていました。そして、その先の道のかたがわは、おもいものをひきずったように、草がなぎたおされ、花はおれていました。〔石井桃子+中川李枝子訳、35-36頁〕

 僕の好きなタイプの映画でよくありますよ、こういう演出。

 イタチはオーヴンに火をガンガン炊いている。グレイ・ラビットはイタチの隙を衝いて袋の口を開け、ヘアとスキレルに脱出用の縄を渡してふたりを2階から逃がし、自分はそこにあった3本脚のスツールを抱えて袋のなかに入る。そしてスツールの脚のあいだに小さくなって身を隠す

 袋の中身が入れ替わっていることに気づかないイタチは、歌を歌いながら袋を蹴飛ばす。

スキレル ひるめし
ヘア おやつ
ほねは ばんめし
けっこうな ごちそう〔40頁〕

 サイコホラー映画に出てくるイカれたシリアルキラーの表現が、1920年代英国の児童書でもう完成していたとは……。

 イタチはオーヴンの天板に油を垂らし、袋を棒でガンガンと殴りつける。グレイ・ラビットは袋のなかでスツールの脚のあいだで身を守りながら、悲鳴をあげて聞かせる。イタチが〈ダン! ダン!〉と叩けば、グレイ・ラビットは〈ああ! ああ!〉と声を出す。そして、何度もこのやりとりがあったあと、グレイ・ラビットは絶命したかのように沈黙を保つ。

もう、何のなき声もきこえませんでした。
「死んだ。りょうほうとも、死んだ。」と、イタチはいいました。「さて、オーブンは、あたたまったかな?」
〔…〕
 そのとき、すばやく、グレイ・ラビットはふくろをぬけ出し、こしかけをつかんで、ドーンとイタチを天板のなかへ押しこんで、オーブンの戸をしめました。
 イタチのさけび声などきいていないで、グレイ・ラビットは、さっとかけだしました。まるで、イタチがおいかけてでもきたように。グレイ・ラビットは、どんどん走って、ぶじに家につくまで走るのをやめませんでした。〔43-44頁〕

 ここのところ、基本的には「ヘンゼルとグレーテル」なのですが、なかなかのアクションシーンに仕上がっているではありませんか。走ってくるグレイ・ラビットの背後でイタチの家が大爆発するシーンが見える(大爆発してません)。

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 そして無事再会できたヘアとスキレルが〈もし、あいつが、こんど、ここへ出てきたら──〉と言うのを遮って、グレイ・ラビットは言うのです。

もう、出てこないわよ。いまごろ、むし焼きになってるわよ。〔45頁〕

 ミラ・ジョヴォヴィッチ、あるいはジェイソン・ステイサムがやりそうな役どころではありませんか。

《グレイ・ラビット》シリーズは半世紀近く続いた

 この岩波少年文庫版の挿画はフェイス・ジェイクス(下記参照)ですが、《グレイ・ラビット》シリーズのオリジナル絵本の挿画は1965年刊行の第32作まではマーガレット・テンペスト(1892-1982)でした。そちらは『絵本 グレイ・ラビットのおはなし』(岩波書店)で見ることができます。

 1967年以降の最終5作の挿画は、キャサリン・ウィグルズワース(1901-?)が担当しています。

 絵本での日本語訳は岩波書店に先立って、1970年代後半から1980年代にかけて評論社《児童図書館・絵本の部屋》叢書から《グレー・ラビット》シリーズとして神宮輝夫河野純三の訳で12点ほど刊行されていました。挿画はテンペスト。

 ついで1980年代に偕成社から《リトル・グレイラビット》シリーズとして箕浦万里子真方陽子訳で8点出ていました。挿画はテンペストのものとジェイクスのものがあります。

 岩波少年文庫版は1990年代の新訳ということになります。
 このさらにあと、2000年代にはいって、神宮輝夫による改訳4点が童話館出版から《グレー・ラビットのおはなし》として刊行されています。

Alison Uttley, The Squirrel, the Hare, and the Little Grey Rabbit (1929) ; How Little Grey Rabbit Got back her Tail (1930) ; The Great Adventure of Hare (1931) ; The Story of Fuzzypeg the Hedgehog (1932)
1995年6月8日発行、2000年6月16日新装版

アリソン・アトリー 1884年ダービーシャー州クロムフォードに生まれる。出生名アリス・ジェイン・テイラー。マンチェスター大学で物理学を学び、その後ケンブリッジでも学ぶ。本書所収の『スキレルとヘアとグレイ・ラビット』でデビュー。日本語訳に『時の旅人』『西風のくれた鍵』『氷の花たば』(岩波少年文庫)『妖精のスカーフ』(講談社青い鳥文庫)『サム・ピッグだいかつやく』(フォア文庫)、回想記『農場にくらして』(岩波少年文庫)など。1976年歿。

フェイス・ジェイクス(Faith Jaques) 1923年レスター生まれ。レスター美術学校で遠近法・解剖学・建築史などを学ぶ。海軍に入隊、オックスフォードで写真を管理しつつオックスフォード美術学校でエドワード・アーディゾーニらに学ぶ。ギルドフォード美術学、ホーンジー美大非常勤講師。ダール『チョコレート工場の秘密』のオリジナル英国版の挿画を手がける。作品に『ティリーのねがい』(こぐま社)など。1997年歿。

石井桃子 1907年浦和生まれ。日本女子大英文科在学中から菊池寛の助手となり、卒業後文藝春秋社、新潮社に勤務。白林少年館出版部を立ち上げ、編集者・翻訳家として活躍、ついで岩波書店嘱託として岩波少年文庫を立ち上げる。童話『ノンちゃん雲に乗る』(福音館書店)で芸術選奨文部大臣賞、小説『幻の朱い実』(岩波現代文庫)で読売文学賞、他に菊池寛賞、子ども文庫功労賞、芸術院賞、朝日賞。著書に『幼ものがたり』(福音館文庫)『山のトムさん』(岩波少年文庫)《石井桃子コレクション》(岩波現代文庫)『子どもの図書館』(岩波新書)『プーと私』(河出文庫)、訳書にミルン『くまのプーさん』(岩波少年文庫)ポター《ピーターラビットの絵本》ブルーナ『ちいさなうさこちゃん』(福音館書店)など。2008年歿。

中川李枝子 1935年札幌生まれ。東京・福島で育つ。都立高等保母学院卒業後、保母として働く。『いやいやえん』(福音館書店)で厚生大臣賞、サンケイ児童出版文化賞、野間児童文芸推奨作品賞、NHK児童文学奨励賞、『子犬のロクがやってきた』(岩波書店)で毎日出版文化賞、他に菊池寛賞。著書に『本・子ども・絵本』(文春文庫)、『こぎつねコンチとおかあさん 読んで聞かせるお話・21篇』(角川文庫)、妹・山脇百合子と組んだ絵本『ぐりとぐら』(福音館書店)、作詞に矢野顕子「ごきげんわにさん」、井上あずみ「さんぽ」など。夫は画家・中川宗弥。

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