岩波少年文庫を全部読む。(36)英国小説お得意の2分野のマッシュアップ クライヴ・ステイプルズ・ルイス『朝びらき丸東の海へ』
(初出「シミルボン」2021年6月3日)
異世界ファンタジー×海洋冒険小説
『カスピアン王子のつのぶえ』に続くシリーズ第3巻。作者の意嚮に添って作中世界の時間順に再配列した光文社古典新訳文庫版では第5巻に相当します。
前作末尾で王位についたカスピアン王の海の冒険を物語ります。異世界ファンタジー×海洋冒険小説、まさに英国小説お得意の2分野のマッシュアップです。
『ライオンと魔女』に出てきたカーク教授はあの屋敷を手放し、小さな家に住み替えています。ペヴェンシー兄妹の長兄ピーターは教授のもとで受験勉強中。
兄妹の父上は大学で16週(3学期制の1学期と思われます)の講義のために米国に行くことになり、第2子長女のスーザンが同行。兄妹の下ふたり、エドマンドとルーシーはいとこのユースティスの家で夏休みを過ごします。
進歩か伝統か 「価値」をめぐる闘争
「進歩的」な菜食主義者を両親に持つユースティスは、両親を名前で呼ばせるようなタイプの家庭文化で育ち、伝統的な価値を侮蔑するタイプ。箝口令を破ってナルニアのことを漏らしてしまったルーシーたちはユースティスにバカにされています。
そもそもスーザンが父に同行することになった理由も、彼女が米国の気風に合っていると判断されたことでした。のちにスーザンが最終巻『さいごの戦い』でどういうあつかいを受けたかを思うと、なかなか意味深長です。
つまり《ナルニア国ものがたり》は、「価値」をめぐる闘争の物語と言えます。
第1作『ライオンと魔女』の刊行2年前の1948年、ヒュー・ロフティングの『ドリトル先生と秘密の湖』(井伏鱒二訳、岩波少年文庫)が刊行されました。第2次世界大戦終結のわずか3年後であり、ロフティングの死の翌年です。
スーザンやユースティスのあつかいを見ていると、英国人作家によるファンタジーのシリーズものでありながら、米国在住のロフティングによる『ドリトル先生と秘密の湖』の手放しの新大陸文化礼讃と、英国国教会系の護教論者C・S・ルイスの自覚的保守性との対象が際立ちますね。
そもそもルイスの保守性はこういった異世界ファンタジーの意匠を支えるものであって、そのあたりを考えると《ナルニア国ものがたり》の日本語訳が戦後「進歩的知識人」の拠りどころだった岩波書店から刊行されたのはちょっとおもしろいねじれかもしれません。
『ライオンと魔女』で問題児だったエドマンドはすでに望ましい少年に成長し、この作品で問題児役を引き受けるのはユースティスです。彼の身には深刻なはずがつい笑ってしまいたくなるような災難が降りかかり、そういったトラブル(というより作中では彼の弱さからくる自業自得として意味づけられている)を経てユースティスが成長していくのも本作の見どころです。
しかしエドマンドにしてもユースティスにしても、彼らの弱さゆえの困難は読者からみるとずいぶんと「懲罰的」に感じます。こういった応報のありようは民話というよりアングロサクソンの教育文化に根ざしたものでしょうか。ロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』(1964。柳瀬尚紀訳、評論社《ロアルド・ダール・コレクション》第2巻)にも見られるんですよね。
もっと気になるのが、スーザンになるとこういう成長の機会すら与えられないということ。家族であるとか仲間であるとかいったことより大事なものがあり、その大事なものが家族ですら分断してしまうというの、峻厳な一神教的世界観をリアルに反映しています。
絵から異世界へ
ユースティスの家には航海中の帆船を描いた絵があり、この絵を嫌った母はこれを屋根裏部屋にかけていました。やがてこの絵が動き出し、屋根裏部屋にいた3人は絵のなかの世界へと取りこまれてしまいます。
この「視覚表象のなかの異世界」が出てきたり、逆にそこに入ってしまったりするという奇想は古くからあり、とくに「出てくる」系ではゴーティエの「オムパレー」(1834。店村新次+小柳保義訳『ゴーチエ幻想作品集』所収、創土社)がすばらしい。]
また鈴木光司『リング』(1991)の中田秀夫による映画化(1998)はあまりに有名です。
いっぽう、画中の水(海や川)が現実世界に浸入するという着想は、アルフォンス・アレの掌篇「奇妙な死」(山田稔訳『悪戯の愉しみ』所収、みすず書房《大人の本棚》)が有名ですね。澁澤龍彦が「錬金術的コント」(1957。『澁澤龍彦初期小説集』所収、河出文庫)の元ネタにした作品です。
そして現実世界の人間が画中の水の世界に飲みこまれてしまうというそのものズバリの着想にも先行作があります。マルグリット・ユルスナールの「老絵師の行方」(1936)(多田智満子訳『東方綺譚』所収、白水Uブックス)です。
ついた先は画中の海。子どもたちをすくい上げた帆船には、王位3年目のカスピアンが乗っていました。彼らは前作でくだした僭主ミラースによって事実上の遠島となっていた7人の忠臣(カスピアン王の父=ミラースの兄が王だった時代の家臣)たちを探すために、海の冒険に向かいます。
鼠のリーピチープも再登場。物語終盤の清澄な雰囲気はなかなか得がたいものです。
では次回、『銀のいす』でまたお目にかかりましょう。
Clive Staples Lewis, The Voyage of the Dawn Treader (1951)
ポーリン・ベインズ挿画。瀬田貞二訳。冒頭に「はじめて「ナルニア国ものがたり」を読むかたに」(『ライオンと魔女』「訳者あとがき」からの抜粋)、巻末に神宮輝夫「冒険とファンタジー おもしろいがいちばん」(2000年春)を附す。
1985年10月8日刊、2000年6月16日新装版。
<span style="font-size: 0.7em;">クライヴ・ステイプルズ・ルイス、ポーリン・ベインズ、瀬田貞二については『ライオンと魔女』評の末尾を参照。
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