岩波少年文庫を全部読む。(37)イーヨーとパドルグラムは、20世紀英国児童文学が誇る2大「陰キャ」 クライヴ・ステイプルズ・ルイス『銀のいす』
アノミー的ディストピアとしての学校
『朝びらき丸東の海へ』に続くシリーズ第4巻。作者の意嚮に添って作中世界の時間順に再配列した光文社古典新訳文庫版では第5巻に相当します。
前巻で打ち出された作者C・S・ルイスの宗教的保守主義が本書では冒頭から炸裂。本書ではペヴェンシー兄妹は引っこんで、前作で身勝手な現代っ子から志ある人へと生鮮的に成長を遂げた、ペヴェンシー兄妹のいとこであるユースティスと、同じ学校に通う少女ジルが本作の主人公となります。
前巻から1年ほどのちのことでしょうか。ユースティスは前巻で述べられたように、子どもたちの自主性を過度に重んじる両親の考えで、そういう教育方針の学校に通っています。ルイスがそこに見いだすものは、いじめっ子たちに支配されるアノミー状態のディストピアとしての学校でした。
ユースティスは校内でいじめっ子から逃げるジルとともに、いつもは施錠されている塀の扉からカスピアン10成王在位70年の異世界の野原に到着し、そこで神的な獅子アスランと出会います
召命と任務
アスランはふたりに、10年前から行方不明になっている後継者リリアン王子の探索を命じ、いくつかの忠告と予言とタスクとを託します。以後、老いた王が登場しますが、ユースティスはこれがあのカスピアン王だとは気づきません。ここで気づいていればアスランが託した予言の第1条をクリアできたはずなのに。
ここで事情を知る梟が登場し、10年前に母君を噛み殺した緑色の蛇を追って王子は北の森を探索しているとの情報を提供します。蛇の仕様も中世的というか護教文学的ですね。王子のあとを追っていった人々の消息も途切れているとのこと。
このあと北の山脈の手前に棲む悲観主義者の沼人(ぬまびと)の泥足にがえもんが登場します。
これはなかなかおもしろいキャラクターで、リンク先でポーリン・ベインズの絵を見ていただくといいのですが、じつに味がある。思想史家の渡辺京二さんは、『夢ひらく彼方へ ファンタジーの周辺』(亜紀書房、2019)で、
この人物はルイスが創造した多彩なキャラクターのうちでも、まずは出色のキャラクターだと思います。〔上巻59頁〕
と述べていますが、僕も賛成します。
ミルンの『クマのプーさん』のイーヨーと並ぶ、20世紀英国児童文学が誇る2大「陰キャ」かもしれません。
ロシア小説ばりの思想対決
悪意がないが危険な巨人たち、騎馬の貴婦人と騎士、地下の国の王子と、以下非常に奇妙でおもしろいキャラクターが続々出てきます。
地下の国の王子は夜になると蛇になってしまうで銀の椅子に縛りつけられてしまう。ホメロスの『オデュッセイア』第12歌、セイレンの場における主人公と、落語「ろくろ首」の新婦を足したようで、妙な諧謔がありますね。
この王子との場面は、ここまでアスランに言われたタスクをはずしつづけたユースティスとジルが一気に挽回する場面で、このあたりの緩急はじつにうまい。
さらにこのあと、王子の婚約者である女王との対決があって、ここはロシア小説ばりの思想対決と言えないこともない。ここで泥足にがえもんが重要なことを言うのですが、引用するとだいじなものが伝わらなくなる気がするので、未読のかたはどうかストーリーごとその長台詞に行き着いてください。ととりあえずいまは書いておきます。
では次回、『馬と少年』でまたお目にかかりましょう。
Clive Staples Lewis, The Silver Chair (1953)
ポーリン・ベインズ挿画。瀬田貞二訳。冒頭に「はじめて「ナルニア国ものがたり」を読むかたに」『ライオンと魔女』「訳者あとがき」からの抜粋)、巻末に井辻朱美「フレームののりこえ」(2000年春)を附す。
1986年3月12日刊、2000年6月16日新装版。
クライヴ・ステイプルズ・ルイス、ポーリン・ベインズ、瀬田貞二については『ライオンと魔女』評の末尾を参照。
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?