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『小説列伝』は小説の「ミームの歴史」です

前回の記事で、『小説列伝』の原題が仏語版(翻訳の底本)で『小説の思考』、著者自身による英語版で『小説の生命』だったこと、そして英語版
の題から『小説列伝』という強い訳題を思いついたことを書きました。

『小説の生命』という英語版の題は、小説という「類」の進化を語る本だというのがよく伝わります。「ミームの歴史」としての小説史なんです。

『小説列伝』の序章に、こういうことが書いてあります。

 一九世紀にはすでに、ダーウィン進化論に刺戟されて、文学ジャンルは生存競争・突然変異・交配をおもな原動力とする過程を経て進化し、たがいに変容させあうと理解している学者もいた。たとえば最初の古代小説史家エルヴィン・ローデは、ギリシアの小説が後期叙事詩・紀行文・伝記の交雑から発生したという説を唱えている。ローデのこの帰属はたぶん間違っているけれど、それでもその推論は有益な方法論に従っている。本書でも、物語の種の競合や融合を研究するにあたってはその方法を採用することになろう。

 小説自然史の偉大な功績は、長いスパンの時間と多様なジャンルをあつかえる点にある。〔…〕小説自然史は長いスパンを対象とする探求にみごとに適している。

トマス・パヴェル『小説列伝』(2003/2014)
拙訳、水声社、2024年、39頁。
太字強調は原文では傍点。

本書ではミームという語は一度も出てきません
でも、本書のダイナミックな記述を読むと、著者が小説ジャンルの進展を、作家個人の内面や社会構造に還元せず、それらから影響されつつもやはりある種の自律性を持つ「種」の適応や変異として記述しようとしているのがわかります。

なお、本書のディシプリンには4本の柱がある、とパヴェルは言っています。それぞれの先人の発想に負いつつ、それぞれの方法の足りないところを補い合う、という意味で、4本の柱を立てたわけです。その4つとは、

小説自然史(ローデ)
物語技法史(バフチン)
小説の社会史(イアン・ワット)
思弁的小説史(ルカーチ)

です。
ローデ以外の名前は、日本の文学研究でもビッグネームだと思いますが、とくに気にしなくても大丈夫です。
『小説列伝』をまず読んじゃったらいいんです。

でも、ひょっとしたら「自分は文学を研究したい(研究を始めちゃった)、だからどうしても気になる」、という人があるかもしれません。
そういう人には、バフチンの「小説における時間と時空間の諸形式」とワットの『小説の勃興』をおすすめします。

ローデは日本語訳はないし、僕も読んでません。
ルカーチはいまのところおすすめしません。僕がもう少し賢くなったら、あの本の意義がわかるのかもしれないけど……。

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