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岩波少年文庫を全部読む。(68)2-3歳児の親は詩歌と和解するチャンスタイムにいる。 鷲津名都江編『よりぬきマザーグース』

英国では18世紀末に、伝承童謡をMother Goose rhyme(マザーグースの歌)と呼ぶようになりました。この名称については後述します。

幼児の親は詩歌と和解するチャンスタイムにいる

世の人は、詩歌とどれくらい親しんでいるでしょうか?
僕はある時期まで、ぜんぜん親しんでいませんでした。いまでも散文の味方です。

音楽の一種としての「歌」は好きなんですよ。新型コロナウィルス肺炎のパンデミックですっかりご無沙汰ですが、カラオケに行き倒していたころは持ち歌が数百曲ありました。
でも子どもに聴かせる童歌やあやし歌の持ち合わせは、そんなにないんですよね。

子どもが生まれて、子どもとのコミュニケーションツールとして絵本の読み語りを用ることになりました。
手当たりしだいに読むうちに、子が3歳のとき、谷川俊太郎訳、堀内誠一挿画の『マザー・グースのうた』全5集(草思社。日本翻訳文化賞)に行き着きました。

マザーグースの歌も「歌」(伝承童謡)で、基本的にメロディがあるわけで、歌えるものは英語で歌ったりもするわけですが、でも日本語訳を読むほうが多かった。
残酷な歌にはちゃんと残酷な絵を添える堀内誠一の素敵な挿画が添えられた谷川訳で、子にせがまれるまま詩歌音読の流儀もわからぬまま、できるだけ落ち着いた(上ずらない)声を心がけてゆっくりと音読しようと試みました。
この経験は、それまで果てしなく遠く感じられていた詩歌との距離を、縮めてくれた気がします。

僕と子どものマザーグース体験はさらに続き、草思社版を増補した講談社文庫版全4巻も何度となく読みました。

文庫本という小さい判型の本は読み語りには不向きですが、和田誠のクールな線画、とりわけ第1巻カヴァーにもなっているハンプティ・ダンプティの絵が3歳児を強く惹きつけたもようです(これに先立って谷川・和田コンビの絵本『あな』[福音館書店《こどものとも傑作集》]を読んでいたのがよかったのかもしれません)。

講談社文庫版は日本のマザーグース入門の嚆矢『マザー・グースの唄 イギリスの伝承童謡』(中公新書)の著者平野敬一・東大教授(当時)による懇切な解題がついているのが、ものすごくありがたいんですよね。

さらにこのあと、和田誠自身による驚異の脚韻訳『オフ・オフ・マザー・グース』『またまた・マザー・グース』(筑摩書房。アンティーク木版画の挿画つき)は、折しも環ROYのラップ絵本『ようようしょうてんがい』古郡加奈子絵、福音館書店《こどものとも》2020年12月号)で脚韻に目覚めていた子どもを虜にしました。

(ちくま文庫版の『オフ・オフ・マザー・グース』は先述の和田訳2冊を合本にして、和田自身のイラストを加えたものです)

脚韻に目覚めた彼は4歳のときに、JR某駅そばで白桃パイを食べたときに

桃パイ梨パイアップルパイ
白桃パイは見たことない

というフリースタイルラップをドロップするにおよびました。
いまは4歳のクリスマスに降ってきたロアルド・ダール『脚韻ソング』(柳瀬尚紀訳、評論社)で、さらに長い脚韻作品を鑑賞している、というか、父がそれを鑑賞することを手助けしてくれています。

詩歌と親しんでらっしゃる親御さんには、僕の話は次元の低い話でしょう。
けれど上記すべて、「非・詩歌的な」僕にとってはものすごい学びでした。
2-3歳児を持つ親は、詩歌と和解するチャンスタイムにいるのかもしれません。
「親の朗読を子どもが聴いてくれる期間」というのはたいへんに短い。そして、その期間、彼らはほんとうに真剣に聴いてくれるもののようです。

英会話学校の先生のように真剣に聴いてくれる子どもに向かって読み語りをするのは、子どもにとって以上に、僕のような散文的な親にとっての、なによりの「詩歌入門」なのです。
僕に詩歌への入口を作ってくれたのは、谷川俊太郎さんと、そして自分の子どもだったのでした。

本書の構成

本書『よりぬきマザーグース』(岩波少年文庫)は6章立てになっています。各章の題と収録した詩篇の数は以下のとおり。

じめなうた(「トウィードルディーとトウィードルダム」など9篇)
んこくなうた(「だれがこまどり ころしたの?」など8篇)
そびのうた(「ロンドンばしが おっこちる」など9篇)
さっとくるうた(「ジョージイ・ポージイ」など9篇)
れしいうた(「メリーはこひつじかっていた」など8篇)
てきなうた(「きらきらちいさなおほしさま」など7篇)

谷川俊太郎訳のマザーグースからしめて50篇を選んだのは、英国児童文学研究者の鷲津名都江・目白大学大学院言語文化学科教授……というか、僕の世代では4歳から童謡歌手・子役として活躍し、その後もタレント・声優として幅広い支持を得ていた小鳩くるみ、と呼んだほうがイメージが湧くかもしれません。

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