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岩波少年文庫を全部読む。(73)ピーター・パンとティンカー・ベルはジェイムズ・ブラウンの祖先。 ジェイムズ・マシュー・バリー『ピーター・パン』

一連のピーター・パンものの最終形

この岩波少年文庫に収められている『ピーター・パン』厨川圭子訳)は、作者ジェイムズ・マシュー・バリーの一連のピーター・パンもの(シリーズではなくそれぞれ独立した作品)の最終形である小説『ピーターとウェンディ』(Peter and Wendy [1911])の翻訳です。
英語圏でも現在ではPeter Pan and WendyあるいはPeter Panという題で刊行されていることが多いようです。
先行する戯曲『大人になりたくないピーターパン』Peter Pan or The Boy who wouldn't Grow up, 1904。塗木桂子訳、大阪教育図書)の、作者自身によるノヴェライゼイションなんですね。

三人称で、しかし人格を感じさせる語り手が読者に向けて語るスタイルが、この作品では非常にうまく使われています。

イマジナリーフレンドが拉致しにくる

ピーター&ティンカー・ベルとウェンディ(厨川圭子訳ではウェンディー)&ジョン&マイケルのダーリング家3姉弟との初対面は第2章なのですが、第1章ですでに兄弟たちはピーターパンのことを、いわばなんとなく知っています。
第1章の段階では、ピーターは彼らの生み出した想像上の存在、イマジナリーフレンドのように読めるわけです。

第2章で、両親が外に出かけたある夜、ピーターはダーリング姉弟の寝室で姉弟に見つかってしまい、逃げようとして、自分の影をなくしてしまいます。
ウェンディはピーターの影を取り戻すことに成功し、ネヴァーランド(厨川訳では〈おとぎの国〉)に招待し、ケンジントンガーデンでピーターの仲間の子どもたちの母親になってほしいと頼みます。
姉弟はピーターおよびティンカー・ベルによってネヴァーランドに招待され、帰宅した両親は子どもたちの神隠しによって絶望の底に叩き落されてしまうのです。

『ピーター・パン』と『青い鳥』とヘンリー・ダーガー

ネヴァーランドの子どもたちは、ケンジントン・ガーデンズで親とはぐれて行方不明になってしまった子どもたちです。
なお、戯曲の完成(1904)とこの小説版(1911)のちょうどあいだ、1908年には、ベルギーの劇作家メーテルランクが戯曲『青い鳥』末松氷海子訳、岩波少年文庫)で、これから生まれてくる赤ちゃんが暮らす「未来の国」を登場させています。

ネヴァーランドでの、子どもたちと海賊フック船長一味との戦いは、思ったより血なまぐさいものでした。
ひょっとしてこれの少女版が、ヘンリー・ダーガー(1892-1973)の『非現実の王国で』におけるヴィヴィアン・ガールズの大戦争なのではないかとすら思います。
そういえば非現実の王国(The Realms of the Unreal)という表現も要するに、ありえない国(Neverland)ということですよ。

後半、ウェンディはピーターに恋に似た気持ちを抱くようになりますが、彼はウェンディを母としてしか求めません。

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