岩波少年文庫を全部読む。(39)すべての始まり クライヴ・ステイプルズ・ルイス『魔術師のおい』
(初出「シミルボン」2021年6月24日)
ナルニア建国秘話
『馬と少年』に続くシリーズ第5巻。
作者の意嚮に添って作中世界の時間順に再配列した光文社古典新訳文庫版では第3巻に相当します。
イーディス・ネズビットの『宝さがしの子どもたち』(1899。吉田新一訳、福音館古典童話シリーズ)はまさにホームズシリーズと同時代の作品でした。
第2次大戦ごろの英国の地方から19世紀末のロンドンに移るこの移行が、本シリーズの魅力のひとつであることは間違いありません。
カーク教授の少年時代
最初に出てくる視点人物はロンドンに住む少女ポリーですが、すぐにその隣人としてディゴリー少年が登場します。これは第1巻『ライオンと魔女』(https://shimirubon.jp/reviews/1704766)でペヴェンシー4兄妹を預かっているカーク教授の少年時代の姿なのです。
ディゴリーは父がインドに単身赴任中で、病身の母とともにおじ夫婦の家にいます。このアンドルーおじさんが変人で、おじがふだん引きこもっている屋根裏にポリーとふたりで潜入してみると、彼がじつは異世界に飛ぶための指輪を作り上げた魔術師であることが判明します。
アンドルーがふたりをさっそく実験台として指輪に触れさせると、ふたりは複数の世界のハブのような林に飛ばされます。さらにここから指輪をつけて、池を通ってチャーン国のひと気のない宮殿を訪れ、長い眠りについていた女王ジェイディス──のちの白い魔女──を覚醒させてしまいます。
シリーズ中最大のドタバタ展開
ジェイディスは子どもたちの指輪を使ってロンドンに侵入し辻馬車をカージャック、この世界を征服しようとします。彼女がアンドルーおじさんをなかば拉致するかのように引き回しつつ19世紀末ロンドンを大混乱に陥れる場面は、破壊的で目のさめるような刺戟に満ち、本シリーズ最大のドタバタ展開で、僕は大好きです。
ポリーとディゴリーはまたもや指輪を使って彼らとともに異世界に飛び、彼らとジェイディスだけでなくおじさんや辻馬車の馭者フランクと馬のイチゴまでも、歌うライオン──アスラン──によるナルニア国創造の場面に出くわします。
子どもだけでなく大人や動物も異世界を訪れるのがシリーズ初ですし、そもそもの発端を作ったアンドルーおじさんがコメディリリーフ的なキャラクターであることや、冒険をともにする馭者が落語で言う「権助」のような芯のしっかりした人物設定であること、『ライオンと魔女』に登場した街燈の由来が語られることなど、いろいろと興味深いことがたくさんあります。
編年体で読む意味もある
このあと物語は、母の重病をアスランの力で治癒したいと望むディゴリーの新たな目的を追って進みます。これ1作で読んでも、きわめて高い満足感を得ることができます。
作者ルイスは本シリーズを刊行順ではなく、作中時間の編年体で読まれることを望んでいたそうですが、本作の高い完成度を読むと、それもまたよくわかる気がします。
https://www.kotensinyaku.jp/narnia/
では次回、『さいごの戦い』でまたお目にかかりましょう。
Clive Staples Lewis, The Magician's Nephew (1955)
ポーリン・ベインズ挿画。瀬田貞二訳。冒頭に「はじめて「ナルニア国ものがたり」を読むかたに」(『ライオンと魔女』「訳者あとがき」からの抜粋)、巻末に中沢けい「ものいうけものの国」(2000年秋)を附す。
1986年3月12刊、2000年11月17日新装版。
クライヴ・ステイプルズ・ルイス、ポーリン・ベインズ、瀬田貞二については『ライオンと魔女』評の末尾を参照。
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?