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電子出版と90年代の夢

1995年をピークとして、出版業界は20年以上も右肩下がりの業界だったのですが。コロナ禍と巣ごもり景気によって電子書籍が爆発的に普及、史上最高益を更新したわけですが。HON.jpに、マルチメディア黎明期から現在の電子書籍 自体を俯瞰するレポートが掲載されていました。
そこで、江戸時代から明治・大正・昭和の出版文化の変遷を考察し、これからの出版を考えるヒントにしたいと思います。

電子出版としての紙の本作りは、1990年代に見た夢の実現かもしれない

 フリーライターの納富廉邦氏に、インターネット普及以前の“電子出版”から現在の“軽出版”ムーブメントに至るまでを概観・考察するレポートを寄稿いただきました。

https://hon.jp/news/1.0/0/53653


①時代は変われど人は変わらず

大河ドラマ『べらぼう』は、江戸時代の出版プロデューサー蔦屋重三郎が主人公です。当時は、1000冊も売れればベストセラーだった時代で、元々 出版事業というのは そういった 小規模なもの。本の流通自体が、江戸や京大坂などの大都市か、各藩の城下町ぐらいで、非常に小規模なものでした。そういう意味では、現在の軽出版ムーブメントは先祖返り、ある意味で出版の原点回帰なのかもしれません。

江戸時代も100年近くった元禄時代、ようやく関西でも 関東でも販売されたベストセラーが、井原西鶴の『好色一代男』です。興味深いのは、上方で出版された版は西鶴自身が挿絵を書いたのですが、江戸版は浮世絵の元祖で『見返り美人』で知られる菱川師宣が、挿絵を書いたとか。ここらへん、人気のイラストレーターをカバーや挿絵に起用して売上を伸ばす小説と同じで、300年経っても人間がやることはあまり変わっていませんね。

また『金々先生栄華夢』という作品は、挿し絵が中心の大人向けの絵本という位置づけ。文章はほとんど平仮名で庶民にも読みやすく、江戸のラノベというか、マンガに原型みたいなモノですね。NHKのこちらの番組が、とても参考になりました。

歴史デリバリー~素朴な疑問?歴史資料で解決!~ 本の大衆化 ベストセラーの仕掛け人を追う! −NHKオンデマンド

舞台は、素朴な疑問を歴史資料でズバリ解き明かす番組『歴史にズバリ!』の収録現場。プロデューサー飯塚悟志とディレクター豊本明長は、歴史デリバリー社配達員≪レキデリ≫角田晃広が持ってくる資料を元に、日常生活で生まれる素朴な疑問を解き明かす!

https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2024144029SA000/


②商業作家の歴史は200年ちょい

日本で初の職業作家は、曲亭馬琴。馬琴は明和4年6月9日(1767年7月4日)に生まれ、嘉永元年11月6日(1848年12月1日)に没した、江戸時代後期の人物です。職業作家の歴史というのは、まだ200年と少しぐらいしかないんですね。数千人の作家がいる現在は、本当に恵まれています。

源氏物語が1000年前に書かれていることを思えば、商業作品が流通し、それで作家が食べられるようになるためには、人口の増加や識字率の向上 など、様々な外的要因が整って初めて、成立するんですね。

馬琴の年収は現在のお金で、650万円ほどと推測されます。大家などの副業もありましたが、当時のベストセラー作家でも、こんなものなんですね。逆に言えば、一握りの一流作家以外は、現在でもこれぐらいの収入があれば御の字という部分で、作家の貧乏暮らしというのは今も昔も、あまり変わらないようです。

コチラの番組も、とても参考になりました。NHKオンデマンドで視聴することが可能です。

偉人の年収 How much? 江戸の作家 曲亭馬琴 −NHKオンデマンド

今回の偉人は江戸時代の作家・曲亭馬琴。南総里見八犬伝は、その後の歌舞伎や小説、現代の漫画やアニメにも大きな影響を与えています。そんな作家が若いころは小説だけでは食べていけず、長屋の大家の娘と結婚して、武士から町人になった?そのころの収入は?その後、葛飾北斎と組んで人気小説を発表。日本初の職業作家となり八犬伝は大ブームに!絶頂期の収入は?目が見えなくなっても執筆を続けた馬琴の、秘めた思いを伝えます。

https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2023131572SA000/

③明治のベストセラー

明治の時代になって、慶應義塾を創設した福沢諭吉の『学問のすゝめ』が、初めての万単位のベストセラーとのこと。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。」の言葉で始まる本書、青空文庫などでも読めますが。

実際の文字量自体は少なく、原稿用紙10枚程度の冊子でした。コミケでは、ホチキスで止めた 薄い本が売られていますが、元々本というのはそういう、 薄くてさっと読めるものだったんですね。

それでも、姫路 維新と文明開化の時代に、新しい時代に対する知識欲や学習意欲を刺激したのか、本作は ベストセラーに。結果、続編が17冊も出ることに。ここら辺、人気作が出るとダラダラと続編が出ていく現在とも 似ていますね。

『学問のすゝめ』は各20万部、累計340万部の大ベストセラーになります。当時の 出版事業を考えれば、とてつもない売上ですね。ちなみに、日本で初めての初版 100万部を達成したのは昭和の時代、1979年3月19日発売の『キャンディ♡キャンディ』の最終巻です。

④大正時代の円本ブーム

大正時代の終わり頃、改造社は円本という全集を出し、これがベストセラーになります。1冊1円なので、円本と呼ばれたのですが。これが とても安いということで、売れに売れて。全集は63巻で各38万部も売れました。

でも当時は、大阪市内や 東京市内ならば、タクシーはどれだけ乗っても1円という、円タクの時代です。銀行員などエリート層でも、大卒初任給が約70円の時代ですから、円本は現在 ならば 1冊 3000〜5000円ぐらいの感覚でしょうか。

改造社はリスクを抑えるため、予約注文で円本の販売を企画するのですが、これなどは現在のクラウドファンディングに、そっくりですね。山本貴嗣先生やあろひろし先生が、個人で数百万円の資金を集めて、出版にこぎつけるのを見ると、ここら辺もやはり、歴史は繰り返さないが韻を踏む という言葉を思い出させます。

⑤岩波書店の文庫本

一方、岩波書店は文庫本に活路を見出します。文庫はサイズが小さく、部数が出れば通常の ハードカバーの本よりも、紙代や印刷代や輸送費や倉庫代が、だいぶ節減できますからね。

岩波書店は、円本を批判し、そのアンチテーゼとして 文庫本を発売したわけですが。円本も文庫本も、実は共通しているのが価格破壊。でも安くすれば売れるというものではなく。やはりそこにある種の費用対効果や、経済的なメリットがないとうまくいかないもの。

岩波書店の文庫本も、元祖ではなく。他社では失敗した判型を、注文票を入れたりして創意工夫があったわけです。岩波書店は現在でも、多くの出版社が用いる委託・返品制を採用せず、書店側の買取という責任販売制を採っていたりと、独自色がある出版社です。

⑥歴史は繰り返さないが韻を踏む

蔦屋重三郎は逆に、狂歌の本を多色摺りの豪華本として少部数で販売し、作家たちのコネ作りに利用したとか。納富廉邦氏の個人出版の少部数の本とかプリントオンデマンド本など、実は蔦屋の戦略に近い部分があり。

こうやって考えれば、電子書籍をいたずらに敵視する編集者というのは、ここ150〜200年ぐらいの出版文化を絶対ししているだけとも言えそうです。インターネットが発達した時代には、それにあった新たな出版文化が生まれ。でも人間がやることの本質は、そうそう変わっていないと気づくことが大事なのかもしれませんね。

個人的には、個人出版社や小規模出版社が増えて、大ベストセラーはめったに出なくても、作家個人が報われる時代になってほしいな……とは思っています。


以下は諸々、個人的なお知らせです。読み飛ばしていただいても構いません。

筆者の小説(電子書籍版)でございます。お買い上げいただければうれしゅうございます。

文章読本……っぽいものです。POD版もあります。

筆者がカバーデザイン(装幀)を担当した、叶精作先生の画集です。POD版もあります。
投げ銭も、お気に入りましたらどうぞ。


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篁千夏
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