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【私の教員休職記・坐禅を組む〜静謐〜】

かつての勤務校の通学路にあたるところに、その寺はあった。その時は全く気にも留めていなかったが、なんとなくそこに寺があった気もした。

入り口がわからず、周辺をうろうろして、インターホンが見つかったので、押してみた。裏口のような感じであったので躊躇したが、女性の声で応答があった。正面におまわりください、ということだったので、左の方に移動した。立派な門があり、そこから中に入った。

入ると、住職らしき方が箒を持って掃除をしているところだった。

「よくおいでくださいました。少しお待ちくださいね。」

とおっしゃって、中に案内してもらい、住職も中に入り、その奥に入っていった。庭はきれいに掃除されていて、植物が整然と整えられていた。近くに大きな国道があったが、一歩寺に入ると静謐な空間が広がっていた。しかし、入って5分ほど経つと、足が異常に痒くなってきた。蚊がたくさんいる。目で見ることはできないが、ハーフパンツで丸出しになった足にたくさん虫刺されの跡ができた。

縁側でしばらく待っていると、正装をした住職が来られた。坐禅を組むときはこうするのだろう。

今日が初めてということなので、坐禅の組み方を教えてもらった。足はあぐらをかくような姿勢で、片足を膝の上に乗せる。そして、手は、左手を右手でそっと包むようにし、それを足の上に楽に乗せる。逆は、悟りを開いたもののみがする方法だそうだ。お尻の下には「おざぶ」と言われる、丸いクッションのようなものを入れた。こうすると、単に座布団の上に座るよりも坐禅の姿勢が取りやすい。そして、骨盤を立て、背中が丸くならないようにまっすぐに座る。これが理にかなった、疲れない座り方なのだそうだ。いつもソファにだらしなく座ったり、床に寝転んでばかりいる私には、なかなかなれない姿勢だった。しかし、気持ちよかった。

そして、いよいよ坐禅の時間になった。時間は20分が2回。間には少し休憩がしてもよいということだった。

合図は、住職が木をカチカチと鳴らす音と、鐘の音で知らせてくれる。

そして、始めた。

静かな空間が広がった。目をつぶってはいけない。自然と目線が落ち着くところに置き、座る、ということだった。

さまざまな雑念が浮かんできた。

足が痒い。

まだあと10分位以上もあるな。

このままの姿勢でもつだろうか・・・。

坐禅を組んでいるときは、「無」の境地を目指す。しかし、浮かんでくる考えを消そうとする必要はない、と教えられた。しかし、その先まで考えないようにはしなければならない、とも教えられた。だが、それどころではなく、ごちゃごちゃといろんな考えが私の頭の中には浮かんでは消えていった。

鐘の合図がなり、最初の坐禅の時間が終わった。立ち上がり、縁側を住職に続いて歩いた。軽く歩き、足をほぐす。しびれで足が動かなかったが、ゆっくりと何周か縁側を歩いた。

そして、2回目の坐禅の時間になった。やはり、いろんな考えが浮かんできた。しかし、1回目よりも楽な気持ちで臨めたような気がした。けど、途中で足がどうしても痛くなり、組み変えてしまった。本来はいけないのだそうだ。

そして坐禅が終わり、少し姿勢を楽にして、座った。体は痛かったが、こんなにも静かな時間を過ごした時を私は覚えていない。特に大人になってからは。

大人になって仕事をすると、常に何かを考えている状態になる。また、それが望まれる場合すらある。起きている限り、いや寝ている時でさ何かを考えている状態だ。しかし、こうして静かに座ってみると、こうした時間がほとんど皆無だということを思い知らされた。一日、一週間のうち、こうした時間が、5分でもいい。持つことができたら、心のありようも変わってくるのではないかと思った。

お茶とお菓子をいただき、少し住職とお話をする時間になった。私は、この休職のきっかけとなった事柄についてお話をしようかどうか迷った。しかし、坐禅をした後で、その時の落ち着いた状態で話す気にならなかった。また次回、気持ちが調った時にお話ししてみようと思った。その時は、座ってみた感想などをお話しした。そして、住職自身のことを少しお話しされた。住職自身も、若いころ仕事に悩み、この仏教の世界に入ってきたという経緯があったそうだ。もう少し詳しく聞いてみたかったが、なんとなく今ではない気がして、深くは聞かなかった。

そして、寺を辞することになった。おかみさんも出てきてくれて、またいらして下さい、と言ってもらった。また来ます、と言って、お寺を出た。夏場は忙しいらしいので坐禅会はないらしいので、また2ヶ月後に来ようと思った。

静かに座るというだけのことであったが、とげとげした心が下の方に落ちてゆくような、落ち着いた気持ちになれた。とても素敵な経験ができたように思った。

また再来月に。

懐かしい校区を通り、懐かしい駅から自宅に向かった。辺りはすっかり暗くなっていた。

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