お別れしても私達は世界のどこかで交われる

私は逃げるように会社を辞めたので、ほとんどの人にお礼も別れの挨拶もしていない。
一人だけどうしてもお礼を直接言いたい上司(谷口さん仮)がいた。
連絡先も知らないし(部署の連絡網は退職と同時に消した)、会うきっかけもなかったので、この後悔は一生抱えて生きていこうと思っていた。

チャンスは突然来た。
谷口さんが退職するという話を同期から聞いたのだ。
会社という繋がりがなくなれば、いよいよ私は谷口さんと会えなくなると思い、意を決して私とも谷口さんとも話せる人(村山さん仮)にお願いして間を取り持ってもらった。

なぜこんなに後悔していたのかというと、同期から「谷口さんが助けてあげられなくて申し訳なかったって言ってた」と聞き、谷口さんにはたくさん助けてもらっていたのにそんな申し訳ないだなんて思わないでほしいと自分の口から訂正したかったのだ。

村山さんはすぐ行動してくれて、会う予定が決まった。村山さんから連絡をもらったときは、嬉しさなのか緊張なのかなぜか泣いた。

菓子折と手紙を用意した。
手紙は読んだら捨ててくれと願いながら書いた。

久しぶりに会った谷口さんは最後に会ったときよりも痩せていた。
痩せたとは他の人から聞いていたけど、想像以上だった。でも本人には言わなかった。
「お久しぶりです」と谷口さんから言ってくれた。どうして会う展開になったのか谷口さんに聞かれ、自分の後悔を述べた。谷口さんは働いていた頃と何一つ変わらない態度で聞いてくれた。ハハッと笑うのも変わっていなかった。
「気にしなくていいよ。村山くんに一言伝えてくれたらそれでよかったのに」と言われ、「それもいいとは思いましたけど、でもやっぱり直接お礼言いたかったです」と答えた。
話しても至って普通だった。
谷口さんは何も変わっていなかった。
働いていた頃と同じような話をし、同じような相槌をしていた。
仕事への価値観、熱量、谷口さんは今も変わらず私が尊敬する人だった。
この人の部下になれてよかったなと思った。
谷口さんと会ったら泣くかなと思ったけど全然だった。

「谷口さんには断られると思ってました」と言った。
「俺そんな薄情な人間じゃないよ」と笑われた。
村山さんが「僕はなんとしてでも二人を会わせようとしましたけどね!」と言ってくれた。

別れ際に「なんかあればまた連絡してよ」と言われ、「私谷口さんの連絡先知らないですよ」と言うと、電話番号を読み上げ始めた。
「現代っ子なんでLINEがいいです」と言うと、村山さんが「僕も!」と便乗してきた。
もう一生関わらないと思ってた人が、お互いの気が向いたら関われる人になった。不思議な気分だった。

お別れをちゃんとしないと、いつまでも相手が自分の中にいる。
私の後悔も谷口さんの申し訳ないも全てはそこにあったような気がする。

谷口さんにお礼のLINEをしたら返信で、「なんか安心しました」と来た。
その返信を見て私もなんか安心した。

縁は脆くて儚いけど、それでも続いていく。
どこかでまた元気に会いましょう。

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