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ヒガンバナと父の思い出話

彼岸花をご存じだろうか。ボクにとっては遠い日の父の記憶だ。

先日家族と近所のホームセンターに出かけた。庭の手入れ用品を見ていたら、近くに球根が並んで売られていた。
「あら、彼岸花ってめずらしい。」
奥さんが茶色い球根を持ってそう言った。
「え、ヒガンバナって、あの幻の?」
「……」
最近奥さんは僕がショーもないことを言い出すと、子供の教育に良くないと無言のまま冷たい視線でボクを制してくることがある。通称、冷凍ビーム光線だ。
「ヒガンバナ、だよね。あの幻の…」
そう言いかけてボクはふと我に返った。遠い日の記憶が脳裏を駆け巡った。

ボクは当時田舎の港町に家族5人で住んでいた。末っ子だったボクはとても自由に育てられたが、お盆の頃には毎年お掃除&お供えグッズを抱えて先祖のお墓参りをするのが恒例行事だった。野球の練習だの何だので上の兄達が参加を辞退する中で、僕だけは毎年喜んでお墓参りに参加した。帰りのアイスだけが目的だったんじゃない。もっとステキなイベントがこのお墓参りにはあった。

父は霊園に着くとまず近くの水場まで水を汲みに行く。その時一緒だったボクに父はそっと秘密を打ち明けた。
「なあ聡、せっかくお供してくれたんだ。スゲーこと教えてやる。」
ボクは何がスゲーのか、興味津々だった。
「そこの小さな池の右端、あそこだけいい感じに日陰になってるだろ。あそこには、いいか聡、この時期にだけ咲く幻の花があるんだ。」
「マボロシの花?」
ボクは父親の話に引き込まれた。
「そうだ。彼岸バナっていうんだ。知ってるか?」
「ううん、何も。ヒガンバナって?」
「そうだ、彼岸バナだ。いいか聡、大事なのはこの後だ。彼岸バナってのは毎年咲くんじゃない。いつ咲くのかは誰にも分からない。ただお盆のこの時期に咲くことはみんな知ってる。だからな、もしその花を見ることができたら、」
「できたら?」
「何でも願いが叶うって、そう言われてるんだ。」
当時まだ放送されてなかったが、ドラゴンボール集めましたみたいな、そんなシステムらしい。
「ホントなの?」
「ああ、いいか聡、オレはな中学2年の時に確かにその花を見たんだ。そしたらな、」
「そしたら?」
「サッカーシューズにボールまで買ってもらったんだ。スゲーだろ。」

それは夢のような話だった。当時ボクらオトコ3匹が生息した家庭では、スポーツ用品は穴が開くかスパイクが擦り切れるまで使うべし、が家訓として採用されていた。ボクは古くなったシューズの新品が欲しかった。
「今年は咲いてないね。」
「ああ、でも焦っちゃいけない。帰りには咲いてるかもしれないだろ。」
父はそう言って水汲み場を後にした。

お墓には父の兄夫婦もお供えに来ていた。僕たちは一緒に掃除をして、お供え物をした。この人たちはかなりマジメな方々で、ボクらは度々行儀の悪さを指摘され叱られた。父はタバコを吸うと、それをお墓に備えようとして早速叱られていた。

「聡くん、偉いのね。ご先祖様を大切にすると、きっと良いことがあるのよ。」おばさんがボクに話しかけた。ボクはヒガンバナのことを話そうとして、やめた。こんないい話、うかつに人にするもんじゃない。

兄夫婦が先に帰った後で、父はお墓周りの草を刈りながら亡くなった両親の話を聞かせてくれた。ボクは祖父の顔も祖母の顔も知らなかったが、父が話してくれたおかげで兄たちよりも詳しかったのだと思う。実際父が子どもの頃にやらかした事件の数々は聞いていて楽しかった。

帰りに水汲み場に寄ったが、花は咲いてなかった。
残念そうなボクの顔を見て、父は頭をなでて慰めてくれた。
小学4年、5年、6年と毎年ボクはこのイベントに参加したが、残念ながら花は咲かなかった。中学に入るとボクは成長期を迎えた。半年くらいでサイズが合わなくなって、あの家訓は撤廃された。それ以降、ボクは今日までこの話をすっかり忘れていた。

家に帰って、ボクは急いでiMacでヒガンバナを調べた。
「彼岸花」って、全然ハナシと違うじゃねえか。父さん、アンタやってくれたな。

部屋の隅に飾ってある父の写真を見ると、父が一瞬舌を出して笑ったように見えた。

(イラスト ふうちゃんさん)


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