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実習生に優しく

先日、親知らず2本目を抜きに病院に行った。前回経験したばかりだから行く前は緊張しなかったのに、いざ施術が始まると急に不安になった。

先生は前回と一緒のベテランなおじいちゃんだったが、アシスタントがまだ慣れてなさそうな実習生みたいな男だった。声が小さくてボソボソ喋るし、なんかもたついてるし、所作全てに不安要素があった。

目を瞑っているから2人の様子は分からないけれど、平然とおじいちゃん先生に怒られている。

「そこに手を置いたらこっちから見えないでしょ?」
「俺が手を休めたら、すぐに吸引機で吸って」

この実習生は大丈夫なのか。僕は口に溜まった唾液をダラダラ流しながら失敗したらどうしようと恐怖に怯えていた。それでも、親知らずは問題なく無事に抜けて30分くらいで終わった。

実習生の男が術後の説明もしてくれたがずっとボソボソ喋っていて何言ってるか分からなかった。「そんな説明じゃ伝わんないぞ」と僕までその男を説教したくなったが、これからこの男も立派な歯医者として成長するだろうと思い、大目に見てあげた。

病院を出た後はその足で痛み止めと抗生物質の薬を貰いに薬局に行った。しかし、抗生物質の薬は在庫を切らしてるらしく店員が申し訳なさそうに謝ってきた。

「大変申し訳ございません。近くの別店舗にはありますので、少々お待ち頂ければ我々がそこまで取りに行きますがどうしますか?」

近くの薬局は目と鼻の先にあった。取りに行ってもらうより自分で行った方が早いと思い、僕は「自分で行きます」と行って薬局を出た。抗生物質の薬は貰った時点ですぐ飲むように言われていた。僕には時間がない。相棒の自転車があるからこいつを走らせれば、すぐに着くだろう。

僕は1分もかからず、目的の薬局に到着した。受付には既に僕が来ることが伝わっていたらしく、「お待ちしておりました」と受付の女の子がにこやかに迎えてくれた。

「それではお薬を準備しますので、問診票を書いてお待ち下さい」
「えっ?問診票って書かないといけないですか?」

薬をすぐに受け取れると思っていた僕は怪訝な顔になる。同じ薬局の別店舗に行っただけだから、僕の情報はデータで共有されているんじゃないか。問診票は書くのが面倒だから出来ることなら書きたくない。

「初めて来た方には書いてもらうことになっています」

受付の子は目尻を下げて困った顔になる。その子の名札をよく見ると「実習生」と書いてあった。

また実習生かよっ!!

その子の表情があまりにも曇っていたので仕方ないから問診票を受け取った。この子だって初めて来た人には問診票とマニュアルで教わっているんだ。ここで僕が「書かない」と駄々をこねたら困惑させてしまうだろう。実習生にクレームを言う大人にはなりたくないよな。

僕は問診票を受け取り、椅子に座った。せめてもの抵抗として問診票は適当に書いた。通っている病院はなし、飲んでる薬もなし、持病もなし、全部なし、なし、なし!ここの薬局に全て教える義理はない!

問診票を書いてると白衣を着た男がゆっくりと近づいてきた。
「あの薬のお渡しなんですが、先ほどの実習生がお渡ししても宜しいでしょうか?」
「え?あっはい。大丈夫ですよ」

僕は薬を貰えればそれでいい、誰から受け取ろうが構わない。
「不慣れな点があるかもしれませんが」
白衣の男は体を小さくして恐縮している。あの実習生は今日が初めてなんですか?と思わず聞きたくなった。

少しすると、実習生に呼ばれて窓口に向かう。なしなしなしの適当に書いた問診票を渡すと、実習生の女の子はタブレットと問診票を交互に見比べ始めた。そして、こう口にする。

「ちくわさんは現在耳鼻科と皮膚科に通われていますよね。お間違いないですか?」

僕は思わず笑ってしまった。

タブレットに全部入ってるやないかいっ!!

ツッコミたい衝動に駆られたが、僕はグッと堪えて「はい、そうです」と答えるしかなかった。問診票を適当に書いたことが一瞬でバレたのが恥ずかしい。「やっぱり書く必要なかったじゃん!」と心の中で絶叫した。実習生の子は僕が不敵に笑ったから少々気味悪がっていた。

その後は、実習生から丁寧な薬の説明を受けた。話を聞いている間にも、僕の口の中では親知らずを抜いた傷口から血がダラダラと流れていた。口に血の味が広がって苦い。早く挟んでるガーゼを交換しないと。こんなに丁寧に説明してくれているのに、僕は話に全然集中出来なかった。

初めての薬のお渡しがこんな奴で申し訳ない。家に帰ってから、嫌な客だったかもしれないとちょっと反省した。彼女の一生懸命さを無下にするような態度を取ってしまったんじゃないか。

僕は口から挟んでいたガーゼを取り出すと真っ赤に染まったガーゼが出てきた。思わず「ウゲッ!!」と声を出して、新しいガーゼを口に詰める。負の感情は全部ガーゼに吸収してもらおう。

2回目の親知らずは痛みもほとんど無くて、腫れが引くのが早かった。実習生から貰った痛み止めもほとんど使うことはなかった。今度耳鼻科と皮膚科に行った時はまたあの実習生から薬を貰いに行こう。



12月にいよいよブランケット(矯正装置)を付けます。どうなることやら、不安だけど楽しみです。ではまた!


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