いつだって悪鬼Tシャツ
夏の時期、家にいる時はずっとTシャツと短パンで過ごしている。夏用のパジャマは持っていないから、Tシャツをパジャマ代わりにして寝ている。起きた後もそのまま1日着続けて、その日のお風呂に入るまでは交換しない。土日はほぼニート状態だから出掛けないのであれば、これでいいやと思っている。
家用のTシャツは主に3枚。ユニクロとアディダスと悪鬼Tシャツ。悪鬼Tシャツは高校の修学旅行で買った沖縄のお土産だ。おそらく国際通りだったと思う、派手で変なTシャツを売っている店があった。なくるないさTシャツ、うみんちゅTシャツの中に紛れて、悪鬼Tシャツも売られていた。背中にでかでかと筆で書いたような「悪鬼」の文字。こんな浮かれたTシャツはアホな観光客しか買わないが、初めて沖縄に来た喜びから僕と友達のナリは「買おうぜ!」とその場のノリだけで買ってしまった。
僕は白色でナリは紺色。色違いをそれぞれ買って、海をバックに2人で写真を撮るつもりだった。しかし、僕の携帯には、海で撮った写真が見当たらない。一緒に買ったのにも関わらず、着る日が合わなかったのだ。
なぜズレたのか、ナリが着た日に僕は急に恥ずかしくなって着るのを躊躇したからだ。思春期をこじらせていた僕は、女子の目を意識してしまって着れなかった。散々ナリに文句を言われ、次の日には反省して着たのだが2人が同じ日に着ることは叶わなかった。
だから、沖縄から戻ってきた後に教室で写真を撮り直した。2人で海を背景にしたつもりで。
ヤンキー風な写真を撮っているが、僕らは全然ヤンキーではない。ナリは今では立派な公務員になっている。クラスの女子からの冷ややかな目に晒されながら、こそこそと写真を撮った。それも今ではいい思い出である。
こんな旅先で買ったようなおふざけTシャツはその日だけ盛り上がって、1ヶ月もすれば押入れに深くしまわれるのが普通だが、僕はこの悪鬼Tシャツを10年間愛用している。
悪鬼Tシャツを1番気に入っているかもしれない。何がいいって、着心地が最高なのだ。着ているようで着てないような着心地。1000円で買った安いTシャツだからとにかく生地がペラペラ。1日中家でダラダラ過ごすには、最適なTシャツなのである。着すぎて襟の部分がボロボロになっているほど年季が入っている。
Tシャツが他にないわけではない。むしろ僕は沢山持っている方だと思う。好きなバンドのTシャツ、お笑い芸人のTシャツ、好きな漫画のTシャツ。押入れには入りきらないほどあって、母から「これ以上買うのはやめなさい!」とよく怒られているのだが、これらはコレクションとして集めている。着るなんてもったいなくて出来ない。ライブで買っても袋から出してないTシャツが何着もある。
洗濯でプリントが色褪せてしまったらどうしようと考えたら着ることを躊躇してしまう。いざライブに行く時のために、綺麗に保管しているけれど、ライブなんて年に数回程度しか行けないから、逆にお気に入りのTシャツたちが押入れ深くにしまわれている。
それに引換、悪鬼Tシャツには何のプレミア価値もない。洗濯回数を重ねれば重ねるほど、悪鬼Tシャツは薄さに磨きをかけて、体に馴染んでくる。悪鬼Tシャツが僕にとってのプラグスーツ。シンクロ率は高い。さすがにボロボロすぎて、母から「もうそろそろ捨てたら?」と言われるが、僕は「絶対に捨てないでよ!」と反論して悪鬼Tシャツを守っている。
この話を同じく沖縄で購入したナリに話したら、驚く答えが返ってきた。
「俺もパジャマ代わりにしているよ。」
ナリもやはり悪鬼Tシャツの羽衣のような着心地に気付いていたのだ。買った当初は、お互い10年間も着ることになるとは思ってなかったと思う。同じ夜に2人揃って悪鬼Tシャツを着て寝てる日もあるかもしれない。
悪鬼Tシャツを着れば、あの時の沖縄の楽しかった思い出が蘇る...なんてことはない。悪鬼Tシャツは恐ろしく生活に溶け込んでいる。思い出すのは、沖縄の白い砂浜ではなく、ベッドで寝ている絵ばかり。来年もきっと夏のエースTシャツとして僕を支えてくれるだろう。