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先輩社員のテーブルMC

今月、来年入社する未来の新入社員たちとの食事会があった。僕は3年目の先輩社員として、食事会に参加するのが仕事だ。

「3年目の社員は出来るだけ参加して下さい」と社内メールが来て、自分の仕事もあるからそんなことに時間を割いてる余裕はなかったけれど、食事会がホテルバイキングと聞いて僕はすぐに参加することに決めた。

タダ飯が食えるなら僕はどこへでも行く。

食事会はまず社長の挨拶から始まった。会社の一大イベントだからか滅多に会うことのない社長まで来ている。ホテルの綺麗な会場に内定者と3年目社員が並んで社長の話を聞く。社長は内定者に向けてうちの会社がいかに成長している企業であるか、アピールをする。

「あなたたちみたいな若い力を我が社は求めています。」

社長がそう締めると、社長の側近たちがいい舞台を見て感激したような大きな拍手を送る。「よーっ!」なんて言いながら。僕はその様子を「取り巻きの拍手だな。」と冷めた気持ちで見ながら、それに合わせて拍手をした。

挨拶も早々に終わって、それぞれのテーブルに着く。食事会の席は既に決められていて、内定者のテーブルに先輩社員が1人か2人配置される。僕のテーブルには内定者の男の子と女の子、先輩社員として広報の女性がいた。食べることばかりに気を取られていたけど、内定者の子たちに話を振るのは先輩社員の役目なんじゃないのか?

我々3年目社員の目的、「内定者の仕事に対する不安を取り除き、内定辞退の防止に務めること。」

責任重大である。のんびり食べていればいいやと思っていたけど、このテーブルに未来がかかってるじゃないか。

僕は緊張するなと足を震わせながら、まずは内定者の子たちに先にバイキングを取りに行くよう促した。家族と行く時は、いの一番に取りに行く僕であるが、こういう場では気を遣うことくらい出来る。内定者の子が選んでいる様子を眺めながら、何の料理が置いてあるかは遠目にチェックしていたけれど。

数分して内定者の子がお皿を持って戻ってきた。お皿を見ると、申しわけ程度にパン、サラダ、お肉が乗っているだけで量が少なかった。「もっと沢山取ってもいいんだよ!(タダ飯なんだから)」と言ったけど、「お昼はお腹が空かないんです。」と2人とも言っていた。最近の子は少食なのかと思いながら、自分もお皿を持って取りに行く。

僕が取るのは肉!肉!肉!

サラダは取らない。自分の食べたい物を好きなだけお皿に乗せる、これが僕のバイキング。ローストビーフ、サーモン、ピザを僕は食べたい分だけお皿に乗せてテーブルに戻った。1人だけわんぱく飯が完成している。

みんな戻ってきたところで食事会はスタート。みんな黙ったまま、黙々とお皿に乗った料理を食べる。

ローストビーフは美味しいなぁ。

いやいや、これじゃ駄目じゃないか。何か話題を振らなければ、今日の僕は麒麟の川島さんみたいにこのテーブルを盛り上げないといけないんだぞ。何かいい質問はないか考えよう。

「何でこの会社に入ろうと思ったんですか?」

思いっきり面接官みたいな質問をしてしまった。ほら、内定者の子たちの顔が強張っている。すかさず、広報の女性が「今日は面接じゃないからリラックスしていいんだよ。」とフォローに入る。内定者の2人は、恐る恐る僕の質問に答えてくれた。でもやっぱり、面接の模範解答みたいな答えだった。

逆にそっちから質問はないか聞いてみる。内定者の子たちは「うーん」と言葉を詰まらせ、小首を傾げている。

難しい難しい難しい!!麒麟川島さんみたいに出来ないんだけど!!

こうなったら自分の話をするしかない。僕は必死に今やっている仕事内容について話をした。僕は恥ずかしながら、会社に入るまでどういう仕事をするのか全く理解していなかった。僕の代はコロナ化で先輩社員との食事会なんてなかったから、仕事の内容を知る機会が少なかったのだ。僕の話によって、少しでも働くイメージが膨らむと嬉しい。

僕が話し出すと内定者の子たちからも自然と質問が出てくるようになった。静まり返ったテーブルは徐々に打ち解けていった。話が盛り上がると食べるペースも進む。僕は何回もおかわりをして気付いたら、内定者の子たちよりも食べていた。ローストビーフが目の前にあるなら食べないわけにはいかないだろう。

お腹も満たしてノッてきた僕は会社のいいところをアピールするため、有給が取りやすいという話を熱弁した。

「前日休みますって言っても、全然休めるよ。こんな休みやすい会社は他にないと思う。それに会社の保養所もあって箱根の旅館が6000円くらいで安く泊まれるよ。」

広報の女性も食いついて「いいね!ちくわ君!」なんて言われながら、育休が取りやすいとか時短勤務も出来るとかホワイト企業であることをアピールした。(逆に怪しい)

時間も無くなってきたから最後にもう1回「質問ある?」と聞いてみたら、女の子が質問してくれた。

「社会人ってどうですか?」

なんて漠然とした質問なんだ。どうって言われても難しい。でも、大学生から見たら社会人になることは不安なのかもしれない。大学生の頃は、自分はもう大人だと思っていたけれど、目の前にいる内定者の子たちの顔つきはまだまだ幼く見えた。社会人になる前の自分も不安だったのかな。

「楽しいよ。そりゃあ働いてたら嫌なことだってあるけど、充実してる感じはするよ。ボーナス入ったら嬉しいし。最初は大変だと思うけどすぐに慣れると思うよ。」

女の子は「自分に出来るか不安で。」と本音を話してくれた。大丈夫、こんな僕でも働けているのだから。

最後は全体で写真を撮って、1時間半の食事会は終わった。内定者の子たちも最初は顔が強張っていたけれど、話していくうちに徐々に笑顔が見れて嬉しかった。来年一緒に働けるといいな。

それにしても、疲れた。テレビ番組のMCをした気分だ。たった4人のテーブルだったけど、頑張って上手く回せていたんじゃないか。僕はテーブルMCとしての自信がちょっとだけ沸いたのであった。



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