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冬に負けじと自転車漕いで
冬が嫌いだ。寒いのがとにかく苦手なのだ。寒いと心まで凍えてくる。思考がどんどんネガティブな方向に行ったり、些細なことでイライラしたり。そうならないように、部屋をちゃんと暖めて、暖かい服を着て、なるべく健やかに過ごしたい。一ミリも寒さを感じたくない。
そうは言っても、僕は仕事で外に出る。自転車で街中を駆け巡っている。ずっと会社の暖房の効いた部屋でヌクヌク出来ないのが、僕の仕事だ。
仕事で外に出る時は制服の上に上下ともに防寒着を着ている。側から見たら「これから雪山にでも登るんですか?」と聞かれそうなくらいドッシリとした防寒着である。
手には分厚い手袋を付けて、首には家から持ってきたネックウォーマーを付ける。首を防御しないと襟元から「ご機嫌いかが?」と寒風が入り込んでくるからだ。これがあるのとないのでは防御レベルが30くらい違う。
ネックウォーマーは分厚くて存在感があるが気にしない。これが僕の冬の現場を乗り越えるための秘策なのだ。
自転車で出掛ける日は朝早くて、空気が張りつめている。最近は雲ひとつない晴天の日が多いけれど、太陽の温もりはないに等しい。もっと夏みたいにギラギラと頑張ってほしいものである。(夏は夏で汗だくになるからしんどい)
すれ違う人たちの服装も随分と冬仕様に変わった。町全体が冬に合わせて動いてる。その中で、流れに逆らうようにダメージジーンズを履いたギャルが前から歩いてくる。細い膝小僧がダメージから顔を出している。絶対そこから冷気が入ってくるのに、寒くないのだろうか。寒さよりもお洒落を優先させるギャルの精神を尊敬しつつ、やっぱり寒いから膝はしまった方がいいよと余計なお世話を思う。
こっちは寒暖差ですぐに鼻水が垂れてくる。透明の鼻水がスゥーと重力に身を任せて真っ直ぐ垂れてくる。僕は慌てて鼻を啜るが、1回垂れようとした鼻水は啜ったくらいでは諦めてくれない。「俺をここから出せ!」と言わんばかりに垂れてくる。
お客さんの前で鼻を垂らす訳にはいかないから、僕は自転車を止めてポケットにティッシュがないか探す。いつもこうなるから、会社を出る前にティッシュを必ず持っていこうと思っているのに、あれこれ準備しているうちにティッシュのことだけ忘れてしまう。
僕は焦りながら、衣服のあらゆるポケットを手で探る。ポケットの奥から微かに紙の感触を感じて、引き上げてみると1回使ったくしゃくしゃのティッシュが出てくる。僕は「助かった!」と思って、それを広げて使う。ティッシュは乾けばまた再利用出来る。 どうせまた使うことになるから、綺麗に折りたたんで分かりやすい場所にしまう。冬の現場は鼻水との格闘でもあるのだ。
イチョウが綺麗な並木道を走り抜ける。この街は緑が多く、四季を感じられるのが好きだ。イチョウの葉が風で舞って、ハラハラと落下傘のように落ちてくる。穏やかな黄色の葉に身を包まれて、ふと「映画のワンシーンみたい」と思ってしまう。
僕のちょっとした日常も、映画みたいに煌めく瞬間があるんだなと嬉しく思っていると、目の前にイチョウの枯葉をうんざりした顔で掃除してるおじさんがいる。
ほうきで掃いても掃いても、上からイチョウの葉がひらひらと落ちてくる。
そりゃあ、あんな顔になるよな。
おじさんにとってイチョウの葉を掃除するのは仕事、圧倒的に仕事だ。僕も映画みたいとか思ったけど、防寒着を着込んだ男がイチョウ並木を駆け抜けるシーンなんか見たことがない。僕も仕事中だった。
「頑張りましょう」とおじさんにエールを送って、次の目的地へ向かう。
保育園の横に自転車を止めると、校庭に沢山の子供たちがいた。網越しから覗いてみると、先生に名前を呼ばれた子供が大きな返事をして、ニ列に並んでいく。これからどこかに向かうのだろうか、自分と同じ背丈のリュックを期待と一緒に背負っている。
点呼が終わると、先生が子供たちに向けて話し始める。
「これから公園に行きますが、先生と約束して下さい。絶対に怒らない、泣かない、仲良く遊ぶこと!」
子供たちは大きな声で「は〜いっ!」と返事をする。僕はそれを聞いて泣かない、怒らないって厳しすぎない?と思ってしまった。僕は大人になっても毎日泣きたい気分だし、毎日なんかしらに怒って生きてるよ。
「それじゃあ公園に向かって、出発〜!!」
出発の掛け声が全員で揃っていて可愛かった。寒さも吹っ飛ぶくらいの活気のある声。子供たちが保育園の門からワチャワチャと出てくる。これから何して遊ぶのだろう、子供の頃は冬でも関係なしに外に出掛けていた。あの頃はただ友達と遊ぶことだけが楽しかったっけ。
僕は仕事のファイルをカバンにしまって、前カゴに入れた。子供は風の子と言うけれど、寒いとか言ってないで大人も風の子にならないとね。自転車に跨り、心の中で「出発〜!」と呟いてペダルを勢いよく踏んだ。