美容師と話したい!
行きつけの美容室に憧れる。僕はいつもホットペッパービューティーを見ながら、新宿の美容室を転々としている。値段やクオリティーに「ここだ!」と思える美容室にまだ出逢えていない。
それに美容室は落ち着かない。これは僕の社交性が終わっているからなんだけど、小さい頃からずっと美容師に苦手意識がある。何を話していいか、分からないのだ。
美容師はお洒落だし、キラキラしているから僕みたいな根暗男と会話をしてもつまらないだろうと勝手に思い込んでしまう。美容師からどんなに話題を振られても「はい」「ああ」「そうですね」と会話を受け流し、一向に会話は盛り上がらず収束していく。最初は頑張って話しかけていた美容師は気付いたら黙々と髪を切り、僕も黙って鏡を見つめている。
美容室に行くと必ず「毛量多いですね」と言われるのも嫌だ。これを毎回上手く返せた試しがない。別に毛量多いと言われても嬉しくないし、またかよと思っているので「よく言われます」と会話をピシャリと終わらせてしまう。
本当は「学生時代は毛量多くてヘルメット被ってるみたいと女子から言われたもんですよ!ハハッ!!」と笑い飛ばせれば言いんだけど、言う勇気はない。
もう大人なのだから人見知りとか言っている場合ではない。
隣りの席がどうでもいい世間話で盛り上がっているのを聞きながら、本当は羨ましいなと思っている。美容師と話せる人間と話せない人間、どちらと仲良くしたいかと言われたらやっぱり話せる人間の方がいいだろう。美容師と話すことは社交性のある大人としての第一歩目な気がしてならない。
そんな思いを抱えながら、先日新宿の美容室はやめて近所の3200円で切れる美容室に行った。今年の5月に出来たばかりで内装は綺麗だったが、店長は金髪の長髪を後ろで結び、ネックレスを付けているチャラめのおじさんだった。「苦手かも」瞬時にそう思ってしまう。僕は店長に案内されて椅子に座る。
「今日はどうしたい?」
初対面なのにタメ口で話しかけてくる。やっぱり苦手だ。僕がしたい髪型について事細かに注文すると、店長はさっそく僕が何千回と聞いてきた例のフレーズ「毛量多いね」を口にする。僕は「よく言われます」とまたヘラヘラと苦笑い。僕はこの先、後何回この言葉を聞くのだろうか、まぁハゲないから良しとするか。
チャラめ店長は手際よく髪を切りながら、フランクに話しかけてくれる。「どこ住んでるの?」「前回髪切ったのはいつ?」今日こそはちゃんと美容師と話そうと思っていた僕はいつもより言葉を多く絞り出して答える。
可もなく不可もない会話を繰り広げていたが、趣味の話になったところで初めて会話が少し盛り上がった。僕とチャラめ店長はサウナ好きという共通の趣味があった。
「俺もサウナ好きなんだけどさ、アクセサリー付けたまま入るからこれが熱いんだよね」
「入る前に外さないんですか」
「なんか忘れちゃうんだよね。手首のアクセサリーは外せないようになってるし。でも、じっと動かなければ案外熱くないよ」
「強いんですね。僕はロッカーの鍵が触れただけで『熱っ!』って声に出しちゃいますよ」
サウナあるあるを交えながら、会話が弾む。お互いの行きつけの銭湯について話をするが、地元の土地勘に馴染みがあってイメージしやすい。「ああ、あそこの近くね」と会話が盛り上がる。
その後も美味しいラーメン屋の話をしたり、メルカリで何が売れるかを話したりして会話が途切れることがない。こんなことは初めてだった。
最初から最後まで会話をすることが出来るなんて!
チャラめ店長のフランクな人柄が良かったのかもしれない。最初はタメ口で何だよと思っていたが、逆に心の距離を縮められた。
いつもカッコつけて新宿の美容室で髪を切っていたけど、地元川崎の美容室でいいじゃないか。都会の美容師と話すことなんてないんだよ。地元の旨いチャーハンがあるラーメン屋の話で盛り上がった方がよっぽど楽しい。
チャラめ店長は髪もいい感じにしてくれた。襟足が伸びすぎて後ろがもっさりしていたけど、それも綺麗に整えてくれて満足のいく仕上がりになった。次回もここに行こう、僕はメンバーズカードを貰いながらそう思った。
それでも、少しトークライブをしたような疲れがあった。エッセイで書いているような僕の中の自信のある話を一生懸命したから会話出来たが、次回までにまた同じように準備しなきゃと思うと大変だ。美容師と話すのにトークを準備している人間なんていないだろう。僕と美容師が自然に話せる日はまだまだ遠そうである。