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病院からとんぼ返りダッシュ!

今日は総合病院の歯科に行く日だった。僕は歯列矯正をするために、親知らずをそこで抜いてもらうことになっている。8月の上旬に近所の歯医者で紹介状を書いてもらった。予約の電話をしたら8月はもう埋まっていると言われ、1ヶ月以上も先の今日になってしまった。

僕は貰った紹介状を無くさないために、リビングに置いてある電子ピアノの譜面台に立て掛けて置いた。1ヶ月先でも、ここなら毎日目に入るから忘れないだろう。大事な紹介状だからこれを忘れたら大変だ。

そう思っていたのに、今日紹介状を見事に忘れた。

それに気付いたのは病院の受付に立っている時だった。受付のお姉さんに「紹介状を出して下さい。」と言われ絶望する。僕は忘れたことに気付いて「ああッ!!」と大きい声を出してしまった。パチンコで負けた人みたいな情けない声。僕が項垂れながら「忘れました。」と呟くと、受付のお姉さんはどうしようと困った顔をする。僕が「1回取りに帰ります。」と言うと、横からベテランそうなおばさんが出てきて口を挟む。

「紹介状を書いてもらった歯医者さんに電話してみよう。FAXで送ってもらえるかもしれない。」

僕とお姉さんはその手があったかと顔を見合わせる。さすがはベテラン!僕は近所の歯医者の名前を伝えて、お姉さんはすぐに「電話します」と受話器を取った。お姉さんが電話を掛けてる間、僕は自分が100%悪いのに、取りに帰るのは面倒だぞと思っていた。この炎天下の中、来た道を戻るなんて死んでも嫌だ。成功してくれと祈っていたらお姉さんが残念そうに受話器を置いて一言。

「繋がんないです。」

そういえば、あそこの歯医者は10時からだった。今は9時丁度、繋がるわけがない。お姉さんは申し訳そうに「やっぱり1回取りに帰って下さい。」と言った。僕は覚悟を決め「20分で必ず戻ります!」と告げて、走れメロスのような気持ちで病院を出た。

自転車にまたがり、走り出す。漕ぎながら、なんでいつも自分はこうなんだと自己嫌悪に苛まれる。先日、耳鼻科の件で病院に行った時はちゃんと紹介状を出せた。それで歯科の方も出した気になっていたんだな。この馬鹿野郎!家を出る前にいつもより念入りに歯磨きしていた自分を思い出す。それよりもまずは紹介状を準備しろよ!

こういう時に限って、信号に引っかかったり、踏切で止まったりする。空からは容赦のない日差し。焦りと汗がダラダラと流れてくる。セリヌンティウスを待たしているメロスってこんな気持ちだったのかな。(重みが違う)

10分で家に着いて、玄関からリビングにいる母に向かって叫ぶ。靴をぬいで取りに行く時間はない。

「お母さん!!ピアノにある紹介状を持ってきて!!!」

母はいつものことかと呆れて、紹介状を見つけて手に取る。母は歩きながら吞気に「何の紹介状?」と聞いてくる。

「歯医者!歯医者!歯医者!ありがとう!」

僕はまくし立てるように言って母の手から紹介状を奪うとまた自転車にまたがって、病院に向かった。まさにとんぼ返り。

汗だくになりながら、病院の受付に行くと、お姉さんは僕に気付いて「あっ!来たぞ!」という顔をした。僕はお姉さんに「持ってきました。」と勲章のように紹介状を渡す。

「ありがとうございます。ちくわさんは歯科は初めてなので、問診票を書いて下さい。連絡はしてあるので、落ち着いてゆっくりと書いてもらって大丈夫ですよ。」

僕の息が上がってるのを気を遣って、お姉さんが優しく言ってくれる。僕はお姉さんに感謝し、お姉さんが今日仕事終わりに何かいいことが起きて欲しいと思った。問診票には書くことがなくて、汚い字で「親知らずを抜いて欲しい」とだけ書いた。(問診票の意味なし)

その後は無事に診察が終わった。親知らずを抜く日も決まって、10月に2回に渡って左右の親知らずを抜くことになった。

本当に気を付けよう。忘れ物をするたびにいつもいっちょ前に反省だけはする。実は今週の月曜日にも駅の改札で定期を忘れたことに気付いて、1回家に取りに帰っている。1週間に2度もとんぼ返りダッシュをしてしまった。

家に帰ると、呆れ顔の母の口から小学生の頃から口酸っぱく言われている言葉を聞くはめになる。

「いつも寝る前に明日の準備をしなさいって言ってるでしょ!」

なぜこれが出来ないのか自分でも不思議である。忘れ物をしてすぐは気を付けているのに、いつの間にか「明日の朝やれば大丈夫でしょ」と思う自分がいる。この過ちをあと人生で何回繰り返すのだろうか。

「お父さんもそうなんだから!」

母の矛先がなぜか父の方に向いている。父もとんぼ返りダッシュの常習者だ。しょっちゅう、定期や財布を忘れて家に帰ってくる。関係ないのに怒られてしょんぼりしている父の背中を見ながら、これは遺伝だから仕方ないかと開き直ることにした。



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