親知らずを抜く
平日の水曜、昼下がり。僕は親知らずを抜く予定になっていた。予約は15時15分、おやつが美味しい時間帯。時間が近づいてきて、僕は本気でキャンセル出来ないか考えていた。予定が入ったと言い訳しようかと思ったけど、ふいにそれが出来ないことに気付く。
実は午前中に耳鼻科に行っており、そのお会計は親知らずを抜いた後に一緒に支払いをする予定になっていた。ここで逃げたら犯罪者。僕は耳鼻科の会計を人質に取られていたことに気付く。
総合病院め、これがお前らのやり方か!
仕方がないので時間通りに真っ直ぐ病院に向かった。すぐに案内され、僕は椅子に座る。ベテランそうなおじいさん先生がこんにちはと挨拶をする。
「今日は1日に2回も病院に来て大変だねぇ、偉いねぇ。」
午前中は耳鼻科、午後は歯医者というふざけた予定を組んだのは僕だが、僕もほんと参っちゃうよなという感じで「そうっすね」とヘラヘラ笑う。先生がベテランそうな人で安心する。百戦錬磨、親知らずを抜いてるのかの如く、先生は手際よく麻酔の準備をしている。
僕の椅子はあっという間に倒されて、口を開けさせられる。麻酔は何をしているか分からないが、チクチクする痛みがあった。麻酔しても痛いと聞くから、僕はガンガンに効かせてくれと願った。
麻酔が効くまで10分ほど置いて、いよいよ親知らずを抜く。先生は「危ないから自分で目を瞑っていてね。」と僕に声をかけた。こういう時って、アイマスク用に顔にタオルを被せると思っていたのに、セルフで目を瞑るだけなの?と心配になった。物理的に塞いでくれないと鶴の恩返しみたいに開けたくなっちゃうよ。でも、開けたら親知らずを抜く器具にビビりそうだから、僕は固くぎゅっと目を瞑る。
口に異物が入る、麻酔のおかげで痛みはないが明らかに削っている音がする。耳元で「ギュイイイイイイン!!!!!」と凄まじい音が鳴り響く。
痛くはないけど、音が怖い。
何をしているのか気になってしょうがない。開けてもいい?開けてもいいですか先生!?
目を開けたくなる衝動に駆られていると、今度はグッグッと顎に負荷がかかる。明らかに歯を引っこ抜こうとしている。これは普通にちょっと痛い。大きなカブを抜かれるような感覚。先生が「取れた!」と言うと、あっという間に糸で傷口を縫ってくれてものの15分くらいで終わった。
僕が口をゆすぐと血の混じった赤色の水が流れてビビる。先生は僕に止血用にガーゼを30分噛み続けるようにと僕の口に押し込む。僕は「分かりました。」とふにゃふにゃした声で返事をした。お会計で耳鼻科と歯科の料金を支払って、無事今日の任務は完了した。
家に帰ってから顔を見てもそこまで腫れている様子はなかった。麻酔がまだ効いているからか、痛みは全くないし僕は調子に乗ってお菓子をパクパク食べていたら、突然歯茎が痛みだす。今日は柔らかいものを食べるようにと言われてたのに、チョコレートを平気で食べていた。慌てて痛み止めを飲んで、難を凌いだ。痛み止めは10回分、大事に使わないといけない。
顔は当日そこまで腫れなかったのに、次の日になって目で分かるくらい腫れていた。会社でも家でも「アメ玉入れてるみたい。」と同じ例えをされたことにおかしくなる。僕は1週間くらいマスクを付けて生活をした。腫れてる自撮り写真を撮って友達に見せたら、友達も自分が親知らずを抜いた時の写真を見せてきた。全く同じアングルの写真にまた笑ってしまう。親知らずを抜いた顔だけで笑えるのは幸せなことだ。
1週間経って腫れもだいぶ引いてきて、僕は糸を抜いてもらうために近所の歯医者を訪れた。親知らずは総合病院で抜いて、抜糸は近所の歯医者にお願いをする。こんな都合のいい女みたいな扱いをしていいのか、申し訳ない気持ちになる。抜くという表現もなんかいやらしいじゃないか。でもこれはしょうがない、総合病院は平日しか予約が出来ないのだ。土曜日でも空いてるのは近所の歯医者、お前だけなんだよ。(イケボで再生して下さい。)
近所の歯医者は手際よくすぐに抜いてくれて、会計も200円という驚きの安さだった。ますます申し訳なくなる。でもこの歯医者で矯正を始めるので、今後100万くらいこの歯医者に落とすことになる。そう考えたら、僕の罪の意識が軽くなった。最終的に俺はお前を選ぶんだぜ。(ここもイケボで再生して下さい。)
今回は下顎右の親知らずを抜いたが、今度は左の親知らずを抜く予定になっている。これも10月中にやる予定だ。今月は2回も腫れた顔で笑える月になりそうだ。