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クリープハイプがいるから僕は生きている

クリープハイプの十五周年記念ライブに行ってきた。僕はこのバンドが一番好きだ。出会ったのは中学生の頃、オレンジのMVを見て衝撃を受けた。前髪で顔が隠れた声の高いボーカル、ちょっとエッチなMV。初めて聴いた時から「カッコいいな」って瞬間的に思った。

他の曲も聴いてみたらどの曲も良くて、すぐに好きになった。クリープハイプの歌詞は比喩や言葉遊びが多くて歌詞カードを読むことも好きだった。歌詞カードを読んで初めて歌詞の意味が分かる。思えば、言葉の面白さに興味を持ち始めたのはクリープハイプの歌詞からだったかもしれない。

中学生の思春期の頃に出逢ってしまったものだから、僕は尾崎さんに影響を受けまくった。髪型はマッシュにして、前髪はどんどん重たくなった。母からは幾度となく「その前髪を切りなさい!」と言われ続けたけど、僕は頑なに切らなかった。今でもその攻防は続いている。

僕が高校生の時に尾崎さんが初めて小説を書いた。それまで本なんて読まずに漫画ばかり読んでいた僕は、尾崎さんの書いた小説は読まなければと使命感に駆られて本屋に買いに行った。読み始めたら面白くて、明日は学校があるのに夜遅くまでずっと読んでいた記憶がある。

本を読むのって面白いな。そこから尾崎さんが好きな作家の本を読むようになって、自分でも好きな作家を見つけて、今では本棚に入りきらないほど本が部屋に溢れ返っている。気付いたら自分も文章を書くようになって、自費出版までしようとしているんだから不思議だ。中学生の頃にクリープハイプに出逢ってなければ、今の自分もいないような気がする。

尾崎さんはずっと変わらずにカッコいい。中学生の頃からずっと僕の憧れで、圧倒的に手の届かない存在だ。それでも、クリープハイプには初期の頃の方が良かったっていう声もある。確かにファーストアルバム、セカンドアルバムは尾崎さんの20代の頃のヒリヒリした感情が詰まっていてカッコいいし、名曲が多い。

でも、僕はその後に出たアルバムも変わらずに好きだし、尾崎さんはずっと変わってないような気がする。どんなに売れても、尾崎さんの目には炎が灯っている。これからもずっと音楽で戦っていくって覚悟のようなものを感じる。尾崎さんほど創作することに対して孤独に向き合っている人はいないんじゃないだろうか。

「君は一人だけれど 俺も一人だよって」

新曲「天の声」の歌詞。世間の声に対してのアンサーのような曲。初めて聴いたのは、5月の弾き語りライブだった。尾崎さんが突如として披露したその曲に僕は涙が止まらなかった。自分のことが歌われているような気がした。

今回その曲が初めてバンド編成で披露された。またしても僕は大号泣してしまった。でも今回は隣りにいる人も、前にいる人も、後ろにいる人も全員鼻を啜りながら泣いていた。ここには自分と似たような気持ちを抱えている人が沢山いることに安心したし、救われた。

僕は日常が生きづらくて、なんで自分は上手くいかないんだろうと思うことばかりだ。でも、尾崎さんが俺も一人だよって歌ってくれるから、僕は生きづらい毎日も生きていられるような気がする。

最近凄く思うのだけれど、音楽が持つ力は魔法みたいだなと思う。こんなに人の心の奥底まで突き刺さる表現はないんじゃないだろうか。

就活をしていた頃、クリープハイプの「二十九、三十」を聴いて涙が止まらなかったことがある。僕は話すのが苦手で面接で落ちまくっていた。不採用の通知が来るたびに「前に進め、前に進め」とお守りのように心の中で呟いた。いつかはきっと報われる、いつでもないいつかを待っていた。

辛い時に聴きたくなる曲がある。あの曲を聴くと、思い出す風景や思い出がある。日常のすぐ側に音楽がいて、僕のどうしようもない毎日をを支えてくれる。音楽が持つ力は文章という表現だけでは絶対に敵わないと思ってしまう。

でもいつか僕も音楽のように人の心に届く文章を書きたいと思っている。僕がクリープハイプの曲を聴いて明日からも頑張って生きようと思えるように、僕の文章で誰かの明日が生きやすくなってくれたら、僕は嬉しい。それが僕の今の夢だ。

十五周年のクリープハイプは周年ライブであることを感じさせなかった。いつも通りのクリープハイプでこれからもずっと同じ四人でカッコいい音楽を届けてくれるんだと思ったら嬉しかった。

家に帰ってからもずっとライブを思い出して、曲を聴いている。明日からも仕事、でも僕にはクリープハイプがいるから大丈夫なんだ。  



好きな曲は沢山あって、1番好きな曲を選ぶのは難しいけれど、やっぱり「二十九、三十」はお守りのような曲です。


12/1文学フリマに出るので興味があったら是非遊びに来て下さい。本の内容はここから読めます。


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