「象はおいしいよ」って言われたらどうする!?マラウイで考えた自然保護の話
■マラウイで霊長類保護コースへの参加
リロングウェ野生動物トラスト(Lilongwe Wildlife Trust)は、マラウイの野生動物の保護とその啓発活動を行っている団体だ。所管するリロングウェ野生動物センターでは、校外学習の受け入れや、学校への出張授業なども精力的に行っている。
この団体が主催する「霊長類保護コース(Primate Conservation Course)」の募集を見つけ、2018年7月、勤務先の学期休み(南半球なので冬休み)を利用して参加することにした。自然保護には以前から興味はあったものの、専門的に学ぶことなくここまで来てしまったので、またとないチャンスだと思ったからだ。
参加費は、マラウイの青年海外協力隊の現地生活費半年分に相当したし、マラウイ人の同僚の年収ほどだった。でも、それが動物保護の運営費に充てられる、と考えたら決断できた。
講師役として、イギリスからイアン・レッドモンド(Ian Redmond)氏を招くのだという。どうやら野生動物保護、特に霊長類と象の分野では有名な人らしい。
このイアン氏と参加メンバーたちと過ごした充実した1週間は、その後、環境保護の楽曲を制作するインスピレーションを与えてくれた。
→YouTube:マラウイ環境保護ソング『CHILENGEDWE』(マラウイのチェワ語で『自然』の意味)
「霊長類保護コース」と銘打っているので、霊長類がメインだが、実際には、野生動物全般の保護に必要な理論学習と、フィールド調査実習が含まれていた。
実習場所は、
●「リロングウェ野生動物センター(Lilongwe Wildlife Centre)」
●「ヴワザ野生動物保護区(Vwaza Wildlife Reserve)」
●「ニイカ国立公園(Nyika National Park)」
の3か所だ。用意された実習の内容そのものも良かったのだが、生のイアン氏と行動を共にできたことが、何より幸せなことだった。
イアン氏は英国で叙勲しているし、私たちにとっては先生なのだから、本来「サー」と呼ばなければ失礼にあたるのだろう。しかし、コースの参加者には「我々はみんなチームの仲間だから」と、Mr.もつけず、「イアン」とファーストネームで呼ぶことを求めた。Mr.をつけると、「イアンだけでいい」と、わざわざ訂正された。
コースには欧米出身の運営メンバー数人が、サポートのために同行した。参加メンバーは、イギリス3人、アメリカ1人、ベルギー1人、そして日本人の私である。私以外、生物や環境保全を専門とする大学生と大学院生で、5人とも女性だった。
■「ただの」小さな虫
マラウイ北部に位置するヴワザ野生動物保護区は、大型動物の象とカバが多くみられる場所だった。
カバがいる湖のほとりで、なんとなしに足元に見つけて、カメラを向けていた鮮やかなオレンジ色の小さな虫。もちろんカバに興味がなかったわけじゃない。一通りカバを見終わってからの話だ。
カバを前にして、足元にカメラを向ける日本人に興味を持ったのだろう。イアンに聞かれた。
「何がいたの?」
「いや、ただの小さな虫です」
「それは『ただの小さな虫』じゃなくて、『小さな虫』だね」
(Not "JUST" a small insect, but a small insect.)
生き物に「ただの」なんてないのだと、教わった。
◇ ◇ ◇
グループごとに範囲を決めて、野生動物がどこにいるのかを地図上にプロットしていく踏査をしていたときのこと。
イアンがおもむろに、落ちていた象の糞をひっくり返した。植物の種が入っているか見たかったらしいが、お目当ての種はなく、代わりに大量のシロアリが出てきた。
「ここは彼らの家なんだね。じゃまして悪かったね。」
そう言って、糞をさっと元の場所に戻した。糞をHomeだなんて表現できるその感性は、金子みすゞみたいだと思った。
■単純だけど、簡単ではないこと
歩いている時には立ち止まって、車に乗っている時には車をわざわざ停めさせてひょいと降りて、自然に還らないゴミは、必ず拾い集める。その振る舞いはあまりに自然で、初めは何をしているのか分からなかったほどだ。イアンは、それを誰かに求めることはしない。ひたすら、「自分はそうする」を徹底していた。
フィールド調査メンバーで、食卓を囲んで、時には焚き火を囲んで、食事をした。イアンはイギリス紳士。いつかどこかで習った、西洋のテーブルマナーが頭をよぎる。キャンプ中の食事では、そんなに豪勢なものが提供されたわけではないが、私は何かマナーに反して恥ずかしいことをしていないか、と周りをキョロキョロしていた。とりあえず、スープをすすらないことだけは、心がけた。スープをすすることは最後まで控えたが、心配は杞憂に終わった。
イアンは、よくコースの参加者を気遣ってくれた。皿を取り、セルフでおかずをよそうスタイルだったのだが、いつも参加者全員が皿を取り終えるのを見届けてから、イアンは列に並んだ。
イアンは食べるのがゆっくりだった。早食いの私が食べ終わるころには、まだ半分も終えていない。「イアンは小食なのかな」と思っていた。私が食べ終わり、周りのメンバーも食べ終わり、みんながおかわりし終える頃に、イアンは食べ終わる。イアンはゆっくりとした足取りで、おかわりをよそいに行く。小食ではなかったらしい。みんなが2回目のおかわりを終え、満足した様子を見届けると、「みんなお腹一杯になった?」と一声かける。
ほとんど空になった鍋に向かうと、それが当たり前かのように、鍋にこびりついたソースとパスタの切れ端を、指でなめるようにきれいにし始めた。いや、「ように」ではなく、指ですくい、なめていた。鍋を一人抱えて、本当の意味で中身を「空」にするまでそれは続く。
さすがにレストランなんかではやらないだろうが、仲間内での食事ではそんなことを平然とやってのける。イアンにとっての常識やマナーは「世間より」ではなく、「地球より」だ。
どれも単純なことだけど、簡単じゃない。
イアンの行動を見ていると、「普通ではない」ことがいろいろあった。
・樹高を測るのに下からの目測ではなく、10m以上を自ら率先して登って、樹の上からメジャーを垂らす。
・カバが住む川の水の冷たさは、パンツ一丁で川に入って感じる。(マラウイの冬の朝は、息が白くなるくらい寒い)
・食べられそうな木の実は、現地の村人でさえ食べないものでも、かじって確かめる。
・よほど寒くない限り、上半身裸にサンダル(かかとあり)。
世間的には「おかしい」のだろうが、本人は一向に気にする様子はない。どれも、イアンの自然体だ。
■「象はおいしいから好き」
ヴワザ(Vwaza)野性動物保護区には、象が数多く生息しており、キャンプの敷地内にも時々姿を見せるほど。近くに来たら刺激しないように、静かに観察するのがルールだ。
ちなみに、地名の「ヴワザ」の由来は、象に関係しているのだと現地ガイドが教えてくれた。湖沿いの湿地に象が水を飲みに来ると、ぬかるみにはまり、足を踏み込むと「ヴワッ」、足を引き上げると「ザッ」という音が聞こえてくることからだという。
私たちが宿泊したキャンプのすぐそばに、小さな村があった。サルたちが住みかとする植生のフィールド調査を終えた夕方、村の子どもたちが集まって遊んでいたので、話しかけてみた。他愛ない会話、のはずだった。
「象は好き?」
「好き。」
「なんで好きなの?」
「おいしいから!」
野生動物の保護のためのコースに参加していたから、完全に意表を突かれた。聞き間違いかと思って2度ほど聞き直したが、答えは同じだった。
村人たちは、本当に象を食べるのか。食べるとしたら、どんな時に食べるのか。私の現地語では、子どもたちから詳しいことは聞き出せない。キャンプに戻り、マラウイ人の現地ガイドにこのことを聞いてみた。
昔は、大型の動物たちを捕らえて食べることもあったという。しかし、野生動物の保護が法律で決まってからは、それができなくなった。
密猟者が象牙をとった後の残された亡骸からとれる肉を、政府が牛やヤギよりも安い単価で村人に払い下げることは、例外的に合法とされていたのだという。それでも、実際には、腹を空かせた村人が政府に報告せずに、近隣住民で肉を分けてしまうこともあったらしい。
現在は、村人が象肉の味をしめてしまうと、肉のための密猟につながる恐れがあるとして、表向きには、食べること自体禁止されているという。
象を「おいしい」と答えた子は、6~7歳くらいだったろうか。そんなに昔の「おいしい」思い出ではなさそうだ。現在進行形の可能性もある、それが現実だった。
いずれにしても、食べるために殺しているわけではなさそうだ。村では、肉自体が高級品のため、牛やヤギなんてほとんど口にすることはできないだろう。年に数回でもチキンを分け合って食べられれば良い方だ。そんな中、目の前に、大きな「肉」を見つけてしまったら・・・
村人たちと同じ、そんな境遇にいたら、自分も象を食べるだろうか。
◇ ◇ ◇
次の日。ヴワザ野生動物保護区の次の調査場所である、ニイカ国立公園へ向かった。そこには、調査用のログハウスがあり、ヴワザのテントよりもゆったりできる環境だった。長距離移動に加え、フィールドワークで外を歩き回ったせいか、みんな疲れていた。夕食後、暖炉があるリビングで少しだけおしゃべりしたら、メンバーたちはいつもより早く部屋に入ってしまった。暖炉の前に残ったのは、イアンと私だけ。
象を食べることについて聞くこと自体が、象を愛するイアンにとってのタブーなんじゃないかと思いつつも、どうしても聞いてみたくて、思い切って聞いてみた。
「村の子どもたちが、象を食べたことがある、と言っていました。私も、同じ立場にいたら、食べてしまうかもしれません。イアンはどう思いますか?」
「食べるために象を殺すこと。死んでしまったから、その象の肉を食べること。この2つは別にして考えるべきだね。」
状況によっては、村人が象を食べることを知っていた。そして、それを頭ごなしに否定するのではなく、「理解できる」と言うのだ。やみくもに動物を保護しようとしているのではなく、村人寄りの目線も持ち合わせる。
■「象からの贈り物」と止まらない密猟
象がいる、ヴワザ野生動物保護区での話に戻るが、いくつ目かの象の糞をひっくり返した時、イアンの探し物が見つかった。
「ほら、糞の中に種子が残っているだろう。乾季でも適度な湿度を保ち、栄養豊富な象の糞の中の種子は、発芽率が高い。糞は、象からの贈り物なんだよ。」
そして、
「作物を荒らし、時には人間を襲うこともある象を厄介者扱いする村人には、そのことを話してほしい。少しずつ認識を変えていくしか方法はないんだ」
とイアンは訴える。野生動物保護を持続可能にするためには、主役は外部の人間ではなく、現地の人であるべき、という姿勢は崩さない。
象の骨は硬いらしく、研いでナイフにしていた時代もあったらしいし、今では村人は、乾燥した象の糞を燃料代わりに使う。象からの恵みは、多岐にわたるのだ。
◇ ◇ ◇
野生動物は、動物園で飼いならされた動物とは違う。少なくともマラウイでは、背中に人間を乗せてくれる象のイメージはない。時に、人が襲われ殺されているのだ。川では、ワニやカバに襲われることは、珍しいことではない。
長年フィールド調査を続けているイアンに、こんな質問をぶつけてみた。
「動物の調査をしていて、今までで一番怖かったことは何ですか。例えば動物に襲われそうになったとか。」
「自然の中で一番怖かったことは動物じゃなくて、銃を持った人間に出くわした時だったな。」
言わずと知れた象牙以外にも、植物の密猟もあった。kg当たり15,000MK(約2,000円)でタンザニアに売られるラン科の植物は、ニイカ国立公園から文字通り根こそぎ持っていかれる。
このコース参加中にも、ランの花の密猟者が捕まっているのを目にした。19歳のマラウイ人の青年だったという。
◇ ◇ ◇
ある夜、メンバー同士で、
「密猟を止めるにはどうしたらいいのか」
が議論になった。コース中、一番白熱したテーマだった。
メンバーの一人が、興奮気味に話した。
「密猟者を見つけたら、有無を言わさず射殺した方がいい。ケニアでは、レンジャーにはその権限が与えられていると聞いた。他の国もそのくらいしないと動物を守れない。」
別の一人が反論した。
「私はそうは思わない。時間はかかるけど、現地の人たちと子どもたちへの教育の方が大切だと思う。それを信じてやっていくしかないよ。」
法律の力で止めきれないことを、教育の力で止めようというのだ。
自分も後者の案に賛成だ。
その議論は、ベジタリアンやビーガンの話、さらにはペットを飼うことの是非にも飛び火し、なかなか決着はつかなかった。
そんな時、イアンをちらっと見やると、ニコニコしながらメンバーたちの議論の行く末を見守っていただけだった。
■セレンディピティ
日本に親しい友人がいるというイアンは、英語ネイティブの会話になかなかついていけずにいる私に、適度に話を振ってくれた。そして、調査で日本を訪れた時の話や、知り合った日本人の話も多くしてくれた。
「まだ若かった頃、コンゴで数週間のキャンプでゴリラの調査をした時に、ヤマギワジュイチという日本人と知り合ったんだ。私も彼もその時、フランス語が分からず共に苦労した仲だから、彼とは今でも続く長い付き合いだよ。だから、こういう場で出会う同志とのご縁は大切に。」
有名らしいヤマギワジュイチが誰かも分からず、「それ誰ですか?」と聞くと、偉ぶらず、見下しもせず、教えてくれた。霊長類保護コースに参加している日本人なのに、ヤマギワジュイチを知らないとは、あきれられてもしょうがないレベルだと、後からネット検索して分かったが。
◇ ◇ ◇
1週間のコースを無事に終え、イアンを囲んでの、参加メンバーたちからの送別会の日。野生動物保護にのめり込む今に至るまで、どんないきさつや転機があったのか知りたくて、最後の夕食会で聞いてみた。
「いつ、なぜこの仕事を選んだんですか。」
「んーとね。僕が選んだんじゃなくて、この仕事が僕を選んだんだ。セレンディピティだね。」
と、さらっと答えてくれた。
◇ ◇ ◇
霊長類学者らしく?!モンキーショルダーという名のスコッチウイスキーを嬉しそうにみんなで回し飲みし、満面の「ココナッツスマイル」を私たちに向ける無邪気さ。
自然について改めて考え、自分自身を見つめ直した、イアンやメンバーたちとの大切な思い出だ。