【映画】マトリックス~レザレクションズ
キアヌ・リーヴス ファンの私としては、この映画を見逃すわけにはいかない。大晦日の慌ただしさから逃げ出すようにひとり劇場へ。人々が家族で年越ソバなどを楽しんでいる時間帯とあって、劇場はガラガラだった。”おひとり様”好きの私としては、最高の大晦日の過ごし方だ。
「マトリックス」は最初の作品が1993年に上映され、2003年に「マトリックス リローテッド」「マトリックス レボリューションズ」の続編2本が続き、合計3部作で、一応完結していた。
最初の作品では、それまでのSFアクション映画との、まるで次元が異なるかのような動きと映像に衝撃を受け、ストーリーについてはあまり深く理解していなかったように思う。制作にあたっては、日本の漫画/アニメ「攻殻機動隊」の影響を一部強く受けていたということを後で知ったが、確かに漫画やアニメでしか表現できなかったことを、実写でやってのけてしまったところが斬新だったのかもしれない。
そして2部作、3部作を観ていきながら、"意識が世界をコントロールする世界"というものに、だんだん興味が湧いていったのだが、ただやはり、「マトリックス」の世界観を深く理解するのは少々難しい。今も尚、評論家や映画ファンがさまざまな解説をしているところをみると、それぞれの視点で鑑賞できるのが、この作品の魅力でもあるのだろう。
実際、監督であるウォシャウスキー姉妹(性別適合手術を受ける以前は兄弟)のインタビュー記事などから推察すると、彼女たちもまた、その真意は明確に明かしていないように思う。ただ、ある記事によると、ウォシャウスキー姉妹は、フランスの社会学者、ジャン・ボードリヤールが提唱した『シミュラークルとシミュレーション』という、だいぶ小難しい本を愛読していたというから、「マトリックス」もどこか、今の地球人類の世界を皮肉っていたり、映像やセリフの中に伝えたい真実を隠していたりするに違いない。
それから18年が経って、4部作目となる本作品。内容を書いてしまうとネタバレになってしまうので、まだ上映中の作品でもあるからそれは避けようと思う。ひとつだけ、私が印象に残ったことは、いかなる状況下であっても、自由意思が尊重されるということだ。赤いタブレットを飲むか青いタブレットを飲むか、選ぶのはあなただということ。
なぜウォシャウスキー姉妹は、終結させたはずの「マトリックス」を、今になって復活させたのだろうか?勝手な憶測かもしれないが、今の世界を眺めながら、人々に何かを促したかったのかもしれない。人々は現在、マトリックスに繋がれたままで居るのではないだろうか。もちろん、目覚めるか否かは、自由意志であるのだが―。
。・・*。・*。・*。・*。・*。・*。・
最後までお読みくださりありがとうございます。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?