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出産体験記①〜病院を選んだ理由と陣痛まで〜

出産予定日を1か月半後に控え、私は東京から里帰りをしました。里帰りの前日には東京の病院で妊婦検診を受け、飛行機での移動に問題ないとの診断を受け、安心して帰ることができました。

この頃、新型コロナウイルスはすでに日本で感染者が出ていましたが、まだ中国での感染拡大からアジアに広がっていて、欧米にはまだ広がっていないという状況でした。

今では当たり前な3密やソーシャルディスタンス等の言葉もこの頃はなかったです。

飛行機は便数を減らして飛んでいましたが、乗客も少なく、無事地元に帰ることになりました。

『あー無事帰って来れた!』安堵の気持ちでいっぱいでした。

しかし、それから数日後には欧米でコロナが広がり日本でもどんどん感染者が増えていき、毎日毎日今日のコロナ患者は何名という報道を聞いては不安になっていく一方でした。

コロナに妊婦が感染したら重症化する?

胎児に影響は?

子どもは重症化しない?

どれが本当の情報かも分からない、何も分からないから不安なのです。

そして、首都圏での緊急事態宣言が出る前日の検診で立ち会い出産および入院中の面会も全面禁止の案内を受けました。

初めてのお産で両親にとっても初孫なのに、生まれてすぐの姿を見せてあげることが出来ないのか。

と思いましたが、そもそも私は立ち会い出産を希望してないし、入院中に人が出入りするよりゆっくりしたいわーと思ってたのですんなり受け入れることが出来ました。

なにより、私の病院は総合病院だったので、全ての病棟でこの対応をしてくれることが、コロナ対策としてとても安心材料でした。

地元ではコロナ陽性者が少しずつ増えてきて、その頃妊娠35週。

外出できず、散歩もあまりしないまま過ごしたせいか産まれる気配は一切なし。

妊娠40週2日目、おしるしが来ました。

私の病院の先生の方針は、あくまで自然!だったので、促進剤は極力打たない、打つとしたら42週過ぎた頃、でした。

病院によって方針って全然違います。自分の産みたい産み方をよく調べてそれにあった病院で産むのが一番です。

私はそもそも地元で産める産婦人科自体が少なかったのと、私自身が妊娠する前から出産する時は陣痛の痛みを味わってみたいと思っていたので、分娩方法についてほとんど調べずに病院を決めました。

ただ数少ない中そこにした理由は、【総合病院で周産期医療センターだったこと】でした。

出産ってやはり、リスクあるんですよね。母子共に。その時に対応してくれる体制なのかが病院選びの決め手でした。

そして40週6日くらいからお腹が、ぎーーーんする痛みを1時間に2回くらい感じ始めました。

助産師さんから初産婦は5分おきになったら病院に来るようにと言われていたのですが、まだ30分置きくらいで、痛みもそんなに強くなかったです。

そして41週の日、夜お風呂に入って休んでいると、痛みが強くなり7分間隔になってきました。

病院に連絡をして、入院セットを持って行くことになりました。

今日産まれるのかドキドキ!


しかし病院に着いてNSTを付けると、陣痛が弱くなるのです笑

周期ももう過ぎてるし、入院しましょうかといういことで入院になりました。

陣痛強くなったら体力がいるので、今のうちに寝ておこうと寝ていて夜中の1時。

陣痛の痛みの強さが増し、痛みの場所が増えました。子宮口はまだ2cm。

この頃はまだ生理痛の痛さがお腹の中から針で一気に刺されているような痛みでした。ここでは、呼吸法でいきみ逃しをして痛みに耐えていました。

ここで痛いからと言って力を入れてしまうと余計痛くなるのです、、

この痛みがどんどん痛くなり、お腹だけではなく膣の入り口、肛門まで痛くなり、眠気もあって途中気を失いつつ痛みで起きるを繰り返していました。

ちなみに私はお産の進みが遅いかもしれないことを懸念され、帝王切開になった時のためにずっと水分補給もできませんでした。

点滴はされているといっても、かなり痛い中でお水すら飲めなかったのは相当キツかったです。


続く






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