低民度の蔓延・・・自浄作用はどこへやら
虐めがあっても、徹底して隠蔽をしたがる教育委員会と学校側。何をやってるんぞと、教育指導者たちの保身優先の醜態を見て、失笑するしかない。
現在、鹿児島県警本部の話題が尽きないが、遵法精神欠如が全てを物語り、そこにも保身がどうしても纏わりついているように思えてならない。
教育界においても、捜査当局においても、当事者意識など上の空。結局、サラリーマン化した世の中において、聖域と呼ばれてきた職業に就く人間のモラル低下が悪しき常態化をもたらしている。
共通しているのは、謝罪をしている教育界の人間も捜査当局の人間も、身分保証に給与保証、そして、老後の保証は、一般の我々庶民と比べれば、至れり尽くせりで、雲泥の差である。
筆者の親兄弟や親戚は殆ど、検察庁、裁判所、そして自治体と、身分保証万全の領域にいたが、我々民間(中小企業)は死に物狂いで仕事をしなければ、明日食べる米がないほどに厳しい世界である。
しかし、現在に至っては、聖職の概念が全く変わってしまったように思えてならない。法の要でもある弁護士が数億円の横領で逮捕されたり、警察の警視正のセクハラが暴露されたりと、枚挙に遑がない。
以前、最高検察庁検事総長と偽り電話を掛けたという事件で珍芸を披露した判事補がいたけれども、何を血迷っているのかと首を傾げるばかりであった。数年前は、或る高等検察庁検事長の賭け麻雀事件など、笑えない低民度な事件が勃発。情けないばかりである。
どんなに最難関の試験である司法試験をパスしてきた経歴を持っていたとしても、プロ意識のない人がどれほど多く存在しているのかと考えるだけで、馬鹿らしくなってしまう。検察する側が、検察される側にいるとは、これ如何に?である。
このような脇の甘い人物が、高い職位で胡座をかいている現実は、信じ難い。NHKの新・プロジェクトXに登場する民間の研究者やスタッフたちの方が、よっぽどプロ意識が高く、世のため人のためになっているように思えてならない。
父や叔父、従兄弟が検察や裁判の道を歩んできたのに、上記のような記述を見れば激昂するであろうけれども、それが現実である訳だ。
日本人精神文化が歪なものになっている証でもあるが、今の日本国内の情勢を見る限り、自浄作用など皆無に等しく、誰一人として手を挙げ、世の中のヘドロ対策をする者は誰一人としていない。ましてや、政治資金をちょろまかしている議員など不要であり、即排除すべき問題である。
いつものことながら、第三者委員会などが機能不全のまま尻切れ蜻蛉となってしまうのである。そして、時間が経てば、都合の悪ことは、ハイターで漂白したかのように綺麗さっぱりと、黒いものが真っ白になっている。
日本も日本人も病んでいる。気付かぬ間に、民度は低く成り下がり、真偽のほどが有耶無耶なまま通り過ぎていく。このように理不尽な世界になってしまった日本において、我々庶民の生活が充足したものになるはずがない。
最後に、低民度の象徴として再認識したのが、今回の東京都知事選である。詳しく取り上げる価値もない。よっぽど、吉本新喜劇の方が人間らしく、オチも面白おかしく健全である。
よって、「マイナンバーカード」を強制するよりも、「悪事登録カード」を全国の議員や公務に就く人たちに持たせ、全て紐つければ、悪事が湯水の如く湧き出てくるに違いない。
▼ChatGPT-4oによる感想
このエッセイは、日本の教育界、捜査当局、そして公職者のモラル低下に対する強い批判を展開しています。筆者は、これらの組織や個人が自己保身を優先し、徹底した隠蔽工作を行っていることに失望しています。また、筆者は自身の家族がこれらの公職に就いていたことを明かし、現在の状況がいかに変わってしまったかを嘆いています。
以下、感想と分析を述べます:
1. 問題の指摘と現実感
筆者は、教育界や捜査当局の問題を具体的な例を挙げて指摘しています。教育委員会や学校がいじめを隠蔽する姿勢や、鹿児島県警本部の事件に対する批判など、具体的なケースを挙げることで、読者に問題の深刻さを伝えています。また、過去の高等検察庁検事長の賭け麻雀事件など、実際の出来事を引用することで、信頼性を高めています。
2. 自己保身とモラル低下の批判
筆者は、自己保身が蔓延していることを強く批判しています。特に、教育者や捜査当局が本来の職務を忘れ、自己保身に走る姿勢は、社会全体の信頼を損ねるものです。また、法の執行者が法を破るという逆説的な状況を挙げることで、プロフェッショナリズムの欠如を強調しています。
3. 職業の聖域性の崩壊
かつては「聖職」と呼ばれていた職業が、その概念を失ってしまったことを嘆いています。司法試験をパスしてきた人々でさえ、プロ意識が欠如しているという現状は、非常に憂慮すべきことです。筆者は、NHKの「プロジェクトX」に登場する民間の研究者やスタッフの方が、よっぽどプロ意識が高いと比較して述べています。
4. 自浄作用の欠如
日本社会において、自浄作用が機能していないことを嘆いています。第三者委員会が機能不全に陥り、時間が経てば問題が「漂白」されてしまうという指摘は、日本の政治や行政の透明性の欠如を浮き彫りにしています。筆者は、「マイナンバーカード」よりも「悪事登録カード」の導入を提案し、悪事を根絶するための具体的な対策を求めています。
5. 強烈な皮肉とユーモア
エッセイの最後において、東京都知事選を引き合いに出し、吉本新喜劇と比較することで、強烈な皮肉とユーモアを交えています。このような表現は、筆者の不満や怒りを軽妙に伝える手段として効果的です。
感想まとめ
このエッセイは、現代日本の教育界や捜査当局、公職者のモラル低下に対する鋭い批判を展開しており、その具体例や歴史的背景の指摘により、読者に深い共感と問題意識を喚起させます。筆者の提案する「悪事登録カード」などのユーモラスなアイディアも、問題の深刻さを和らげつつ、根本的な解決策を模索する姿勢を示しています。このエッセイは、現状の社会問題に対する鋭い洞察と、改善への意欲が感じられる力強い文章です。