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西田親生の辛口コラム

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世の中は理不尽なる事象が多い。燕雀であるより、呑舟であれ。常に自然体にて威風堂々と、気配りは繊細に。胸襟開いて語り合える心友との出逢いは、善き人生の道を拓く。改革は、若き人たちの…
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2022年9月の記事一覧

災害時の安否確認。・・・『自分の命は自分で守る』が鉄則だが、大切な人の安否が気になる。

 今回の台風14号には、正直なところ、疲れ果てた。  巨大台風であり、米国からは『スーパー台風』と指定され、また、台風の進路予想が曖昧なために、どのタイミングで突風が吹くのか、長い経験による『勘』にズレが生じた。  現在も、台風14号の強風域から脱していない熊本県。その熊本市に住んでいて、今回のコースでは、最初は東寄りの風、そして段々と南寄りの風から西へ北へと回るのは、十分承知している。  しかし、今回不思議だったのは、熊本市近くを台風の目が通ったけれども、最初の頃は微

最近、見掛けなくなった、菊の花々。

 写真の『菊』は、以前、水辺プラザかもと(熊本県山鹿市鹿本町)近くの温室で栽培されていたものだ。  筆者と同姓の方が、丹念に育てていたもので、小さな3つのビニールハウスに入り込み、撮影させて頂いた。  先般、久しぶりに足を運び入れたところ、それらのビニールハウスが撤去されていた。  多分にご担当の方が高齢であったので、辞められたのかもしれない。これほどの種類を見たことがなかったので、残念でたまらない。  元々、この地は『電照菊』で有名なところだが、見るからに、手間暇掛

業界のアップグレードを怠り、自らの首を絞めてきた、地方の『IT業界』。

 1994年秋に『商用インターネット』が日本上陸。その存在と将来の展望について、賛否両論が盛んに飛び交った年でもあった。  1994年の年末に熊本県内において、最初に『インターネット事業』を立ち上げ、1995年8月に接続&コンテンツプロバイダとして動き出したのが、筆者が代表をしている『ディー・アンド・エルリサーチ社』である。  或る人は、「世界を変える!」(筆者も同意見を新聞社取材で発言/新聞記事に掲載)と言う人もいれば、「ネットは自分の業界には関係なく、採用しない!」と

線状降水帯が熊本市内を通過。・・・落雷の音のみ収録。この連続でした。

 生きた心地がしないとは、こういう事なんでしょう。  頭上に低く垂れ込める分厚い雷雲。龍がぐるぐると飛び回っては、炎を噴き出し、周いの家々を焼き尽くすような勢い。時には、ガラス窓が激しく振動するほどの雷音。  異常気象となっていても、各国は呑気なのか、無関心なのか分からない。どんどん地球崩壊に向かっているように思えてならない。 ※写真はイメージです。 ※動画の写真もイメージで、雷音のみ収録してます。この集中した状態で、何十回も落雷があったようです。線状降水帯は、怖すぎる

『配慮』ができない人。・・・自分のことしか目に入らない人の恥ずかしさ。

 『配慮』、『気配り』、『心遣い』などが、一切できない人がいる。その挙動を見ていると、『視野狭窄』にて、自分の周りのことには全く無関心。手前のことにのみに気を取られ、視線が近場に偏っている。  例えば、新興住宅地に足を踏み入れると、公道両脇には自宅屋根付き駐車場やトンネル式駐車場などある。或る家を訪問している人が、その玄関先で長時間立ち話をしているが、車はエンジンを掛けっぱなし。隣や道向かいの家の駐車場を遮断する格好で駐車している。  ちょっとした事だが、隣近所の人が買い

或る問題児が、『人間形成セミナー』に参加しないかと言う。・・・絶句。

 会議時間は守らない。ドタキャンするのもしばしば。有言実行とは程遠い問題児の経営者から、「このセミナーはZOOMとは異なり、人間形成にとても役立つので、是非、参加されては!?」と言ってきた。  とんでもない。筆者はセミナーを主催する側であり、且つ、既述のように次から次へと約束事を守らぬ人物が案内するセミナーなんぞ、全く興味もなく、その問題児が口にすること自体、信憑性もなく、洒落にもならない。  『厚顔無恥』、『身の程知らず』の典型的な人物であると推察する次第。第三者の助言

『縦社会』に馴染んだ人生は、不幸である。・・・終身、『虚偽』、『虚栄』にまみれた人生。

 昭和時代に社会人となり、『縦社会』に直面してきた筆者であるが、あまりにも偏った『縦社会』に首を傾げることが多かった。  世の中には、色んな企業、団体、協会、組合などあるが、何故に皆が或る人物を『先生』と奉り、頭を下げているのかが理解できなかった。理解しようとも思わなかった。  『先生』という呼称をこよなく愛する人たちは、自らの足元が見えず、人格者と言われるほどの大人物は殆ど居なかったように思える。  『寄らば大樹の陰』の言葉通り、『縦社会』は上下関係が当然の制度であり

顧客が安定している『食事処』を検証。・・・熊本市中心部の巻

 若い人たちが起業する場合に、『食事処』を選ぶ人が多くなった。若い人の感覚とアイデア満載のレアな小洒落たレストランが色んなところに建っている。  そこで、流行っている老舗や若い店を見回すと、一見客も常連客も良い塩梅に割合を占めているところの集客は安定しているようだ。  勿論、どの年齢層をターゲットにしているのか、ビジネスマンが多いのか、人流があるのか、幹線道路に面しているのか、駐車場が潤沢にあるのか、公共交通機関に恵まれているのか否かなど、色んな条件、環境によって、変わっ

他人を信用するには、『覚悟』が必要である。

 他人を信用するには、『覚悟』が必要である。何故なら、一人の人間を知るには、その人物情報が仮に大百科事典ほど情報量が有るとしても、その『本性』を把握するのは容易なものではない。『無くて七癖』とは、そういうものだ。  人間は、皆、自らを善い人のように演技する。知らぬ内に、痛い痒いこそばゆいの経験に基づき、常にてコントロールされてきている。それは、褒められることがとても心地良く、叱責やら批判がとても嫌に感じるからである。  幼い頃から、人間は教育や躾を受け、以下のようなパター

『義理人情』の世界が無くなりつつある、現代社会。言葉だけの『絆』なのかと!?

 この世の中は、『持ちつ持たれつ』の世界であってこそ、『義理人情』が存在する。嘗ての日本人らしい世界である。互いに助け合う気持ちがあれば、見えないところで人を支えたり、皆で力を合わせて苦境を脱する努力をするものだ。よって、『ノイジー・マイノリティ』の演出過多な目立った動きは頂けない。  ビジネスの世界では『一人勝ち』という言葉をよく聞くけれども、蓋を開けれて見ると、単独企業の『一人勝ち』ではなく、全てに周囲で協力を惜しまぬ異業種の強力なる支えがあってこそ成り立っているに過ぎ

人間って、『脱皮』してナンボでしょ!?

 甲殻類である、海老や蟹。『脱皮』して、段々と大きく育って行く。人間も同じこと。『脱皮』してナンボでしょ!?  『脱皮』できない人は、自分を変えることを恐れている。大きく育つために、何故、『脱皮』を躊躇するのか理解に苦しむ。  そんな考えでは、親として、子供たちに『脱皮』の素晴らしさを示すこともできず、『脱皮』できない不甲斐ない大人の背中を見せることになる。  親の背中を見て育つ子供たち。『脱皮』せずにグズグズしている親の姿を見たら、子供も同じ真似をする。従って、『脱皮

『生き甲斐』あってこその、『命』。・・・冷静沈着且つ強気だった父の、初めての弱気発言。

 本日は、私事で申し訳ないが、『生き甲斐』について語りたいと思う。  『生き甲斐』とは、生きている価値や張り合い、生きることへの喜びを意味する。  テレビのインタビューを観ていると、「貴方の『生き甲斐』は何ですか?」とリポーターが尋ねている場面がある。  昭和時代の人間であれば、「仕事ですかね!?」と答える人は多いのではなかろうか。今の時代では、「何だろ?わかんない!」と答える人もいるだろう。  『生き甲斐』とは、或る事物に集中して遣り遂げる心であったり、自分の目的達

何事も、『切り替え』が重要なポイント!・・・一つ、二つの選択肢では、正解に至らない。

 仕事の上で、ダラダラと同じパターン、同じサイクル、同じ言い訳で、全く問題を解決できない人がいる。  これは、数学の問題を解くのと同じで、一つのパターンで解けなければ、切り替えて次のパータンを探し出す。それでも解けなければ、また切り替えて次のパターンへと。  数学では、解き方が一つだと思っている人がいるが、そうとも限らない。いろんな解き方が隠されている。それを知らずして、切り替えができないから正解を見出せない。  他人から助言を受ければ、先ずは、素直にその助言を聴き、意

貴方が伝えたい『自分自身』と、他人が受け止める貴方の『自分自身』は、全く異なる。

 日頃から思うことは、貴方の『自分自身』はこうなのだと自分で思っていても、他人には全く異なる人間像としての『自分自身』が伝わっている場合が多々ある。  他人は、貴方が思っているほど貴方を見ていないのだから、無理もない。「いや、違うんだよ。これが私なんだよ!」と強調したくとも、貴方の表面的なものやオーラ、そして他人の好き嫌いの尺度で見られているのだから、仕方がない。  世の中には、『人気者』と持て囃されている人も多いが、果たして他人が見ているほどの『人格者』であるかと言えば