映画「ブルーサーマル」感想
一言で、空とグライダーの描写が素晴らしく、自分も空を飛んでいるかのような臨場感がありました。脚本や展開にツッコミ所はありますが、鑑賞後は爽やかになれる作品でした。
評価「B-」
※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。
都留たまき、通称「つるたま」は、長崎から上京し、青凪大学文学部に入学します。彼女は、高校生まではバレーボールに打ち込んでいましたが、片思いの男性に「体育会系女子は恥ずかしい」とフラれたことで、自分に自信が持てなくなりました。大学では、「体育会系」を脱し「恋」をしようと、テニサーに体験参加します。
しかし、とあるミスで同大学体育会航空部のグライダーの羽を壊してしまいます。「弁償費用を請求されるも支払えない」ため、航空部に「雑用係」として入部することになります。
ある日、グライダー試乗会で主将の倉持潤に同乗してもらい、「空を飛ぶ楽しさ」に目覚めた彼女は、様々な「試練」に立ち向かい、大きく成長していくのです。
尚、本作の原作は小沢かな氏著の同名タイトルの漫画で、2015年から2018年に渡って、「月刊@コミックバンチ」にて連載され、全5巻で「第一部」完結となっています。2018年には、上田慎一郎監督によって、VR作品化されています。
1. 作画は結構良い。
まず、本作では空の描写がとても綺麗で、グライダーの動きのダイナミクスさに圧倒されました。空は青空だけでなく、雲海や夕焼け、悪天候など様々な表情を見せます。また、空単体だけでなく、太陽や高い山、小さく見える町など、飛行機から見える景色の見せ方もとても良かったです。
また、グライダーの動きもきちんと研究されており、自分も空を飛んでいるかのような臨場感がありました。
これらの描写は、前者なら細田守監督や新海誠監督、後者なら宮崎駿監督の「紅の豚」や「風立ちぬ」辺を彷彿とさせました。このダイナミクスさは、映画館の大きなスクリーンで観るからこそ、「映える」作品になっています。
2. 声優の演技も違和感なく聞けるレベルである。
主人公つるたまは、女優の堀田真由さんが演じていました。彼女は、声優初挑戦ながら、よく健闘していたと思います。
つるたまの「フレッシュで、でもどこか垢抜けてなくて芋臭い」けど、「得意なことには熱くなる」といった性格のギャップをしっかり見せていたところが良かったです。※これは褒め言葉です。また、漫画やアニメらしいコミカルな演技も出来ていました。
彼女がグライダーに「恋」したきっかけとなった倉持潤は、島崎信長さんが演じています。彼は、部活の主将で学生ながら教官の資格を持つ「完璧超人」ですが、実はとある「葛藤」を抱えています。
彼女が入部する「きっかけ」を作った空知大介は、榎木淳弥さんが演じています。彼は教育係ですが、ツンな性格で、当初は彼女への当たりは強かったです。自分よりも先に倉持先輩に同乗してもらったことに「嫉妬」するも、徐々に彼女の実力を認め、仲を深めていきます。実は、パイロットになることが夢です。
彼女の姉の矢野ちづるは、小松未可子さんが演じています。ロングヘアー、クールで長身スレンダー美人で勝ち気な性格は、つるたまとは「真逆」な存在ですが、実は…彼女とつるたまの関係性については、後述します。
青凪大学航空部OBの朝比奈燿は、小野大輔さんが演じています。最初は、謎の多い男性でしたが、実は倉持との「とある」約束のために、航空部に支援を行っています。
部活の監督は、寺田農さんが演じています。ジブリアニメ「天空の城ラピュタ」に登場するムスカ大佐の中の方です。
3. 現実の「延長上」にある、夢の世界の実現とは。
私が本作を鑑賞した理由は、大きく分けて2つあります。一つは、「グライダー/航空部というテーマの面白さ」、もう一つは「現実の『延長上』にある、夢の世界の実現、というテーマの面白さ」に惹かれたからです。
まず、前者について。「グライダー/航空部」に関する団体は、作中で言及されている限り、日本では、公益財団法人や有名大学を始め、全国に約100団体弱あるようです。
「空を飛ぶ」ことは、昔から人類の夢でした。これは、危険を伴うものの、どこか私達をドキドキ・ワクワクさせ、まだ見ぬ世界へ連れて行ってくれます。これが、大学のサークル活動で出来ることに驚き、面白さを感じました。
次に、後者について。「パイロットでない人が飛行機を動かす」ことは、一見すると、「実現不可能」なことのように感じます。しかし、興味や行動次第で、それを「実現可能」にできる面白さがありました。しかも、それが常識や倫理的に「飛躍」しすぎているものではなく、ちゃんと「地に足がついている」範囲で出来ることなのも良いです。
本作なら、全く飛行機について知らなかったつるたまが、興味と行動で、グライダーの操縦士になるまで成長するところです。
このテーマについては、他の作品でもあります。例えば、漫画「銀の匙」の主人公八軒勇吾のように、農業に全く興味がなかった高校生がひょんなことから農業高校に入学し、紆余曲折を経て、学生起業で酪農会社を設立しました。
こちらも一見すると、「学生起業」というテーマは「実現不可能」に思えますが、それを興味や行動次第で「実現可能」にしていく面白さを感じました。
4. つるたまにとっての「ブルーサーマル」とは何か?
本作のタイトルの「ブルーサーマル」とは、スカイスポーツ用語で「雲などを伴わず、目に見えない上昇気流」のことを指します。
私は、この用語にはダブルミーニングがあると思います。一つは、気流としての「ブルーサーマル」という意味、そして、もう一つはつるたまの存在そのものが「ブルーサーマル」という意味です。
まず、前者について。グライダーがこの気流に乗ると、高度を上げることができます。そして、試合ではこの気流に乗れると、勝ちに進む可能性が上がります。しかし、これが発生するタイミングは限られているため、見つけられるかどうかは、運次第です。そして、それをうまく飛行に活かせるかは、操縦能力と経験値によります。
次に、後者について。つるたまが操縦士としての才能を開花させ、部活内の空気を変えていくところが、「目には見えない上昇気流」のように感じました。
彼女の真っ直ぐで物怖じしない性格が、物語を動かしていました。
彼女は、先輩や大人の前でも、やりたいことはやりたいと素直に伝えます。例えば、新入生でも「倉持先輩とグライダーに乗りたいです」とストレートに伝えたり、終盤で「倉持先輩を探しに行きましょう」と朝比奈さんに交渉したりするところが。
また、対戦相手には正々堂々と勝負して、相手の健闘を称えるところが良かったです。青凪大学のライバル校である、阪南館大学の新人戦優勝候補の羽鳥には、最初は嫌味を言われますが、正々堂々と試合で勝負したことで、しまいには仲良くなってしまうのです。
このように、たとえ他の人なら「遠慮」したり、「立ち止まってしまう」状況でも、つるたまは怖気づくことなく、相手にぶつかっていくのです。※しかし、ただ「我の強い」性格ではなく、悪い事はきちんと謝ったり、人を助けたり、素直さと優しさは持ち合わせています。
正直、彼女の性格や一連の行動には賛否あると思います。好きな人は好きだけど、苦手な人は苦手だと思います。しかし、私は、引っかかるところはあれど、そこまで不快にもならなかったです。
そして倉持に操縦士の才能を見抜かれたつるたまは、どんどんその実力を伸ばしていきます。「隠れ才能を持つ天才」と、「それをサポートして伸ばしていく頼もしい先輩」とのバディものストーリーです。ここは、漫画「のだめカンタービレ」の野田恵と千秋真一みたいな関係を彷彿とさせます。
さらに、彼女は「大学生になったら恋がしたい」と宣言しましたが、倉持・空知とは、「恋」なのかそうじゃないのか「微妙な」関係に熟していきます。見方によっては、「三角関係」かもしれません。
5. イラストや図解を用いた説明は、「わかりやすい」。
本作は、グライダー飛行がテーマということもあり、専門用語は多かったです。しかし、グライダーやブルーサーマル、空模様など、専門用語の説明は、イラストの図解でわかるレベルだったので、とてもわかりやすかったです。
私は、グライダーのことはほとんど知りませんが、「なるほど」と納得しながら観ることができました。
6. 親の離婚で凍ってしまった「姉妹仲」が、グライダーで溶け出す。
つるたまの姉の矢野ちづるは、青凪大学のライバル校の阪南館大学の学生です。姉妹ですが、容姿も性格も「真逆」で、再会した妹への当たりが強かったです。
実は、2人は「母親違いの姉妹」でした。ちづると実母は幼い頃に死別し、父の再婚相手との間にたまきが生まれました。しかし後に2人は離婚し、ちづるは父に、たまきは母に引き取られたので、姉妹ですが名字が異なります。
ちづるは、父親と同じく、最初は妹にはとても冷たいです。中でも、私情を挟んで、皆の前で妹を拒絶した場面には、流石に嫌悪感を抱きました。
ちづるは、操縦士の才能があり、大学では皆を引っ張る存在です。しかし、一方で自分の「完璧主義」な性格に悩んでいました。だから、天真爛漫で皆に好かれる妹が羨ましかったのです。
しかし、練習試合でつるたまの実力を見てからは、態度が変わっていきます。ただの妹としてではなく、同じグライダーを愛する仲間として、つるたまを認めるのです。
そして、つるたまも、姉の実力に驚き、ただの姉としてではなく、操縦士の先輩として彼女を認め、尊敬します。個人的には、つるたまがちづるに副操縦を頼んだところが好きです。
遂に物語の後半では、姉妹が飛行で対決します。その結果は如何に…
7. 元々5巻で「第一部」で終わった漫画にラストを「加筆」した。
実は本作は、原作漫画とはラストが異なります。ただ大幅な「改変」というよりは、「加筆描写」があった感じでした。
部活の主将だった倉持ですが、何故か突然大学を辞め、渡独したのです。そこには、朝比奈が大きく関係していました。
実は倉持は、部活と自身の夢を天秤にかけていたのです。日本よりも航空学が進んでいるドイツに行きたい、でもタイミングを逃したらチャンスはない、と日々葛藤していました。
しかし、お金のかかる航空部を存続させるためには、朝比奈の協力が不可欠でした。だから、彼は、新たな実力者に「投資」したいと考えていたのです。
そして、渡独した倉持ですが、ある日グライダーが国境付近で墜落して、「行方不明」になってしまいます。普段冷静沈着だった彼が、なぜ操縦を誤ったのか?母親の死を看取れなかったことによる動揺でしょうか?
何となく、飛行機事故で行方不明になる下りは、サン=テグジュペリを思い出しました。
当初は、倉持の件は内密でした。しかし、試合中に部員達に伝わってしまいます。監督は皆のメンタルを考慮して、棄権するようにアドバイスしました。しかし、皆は「後悔はしたくない、先輩のためにも飛びたい」と監督に伝え、試合に参加します。 そして、試合終了後につるたまは「とある」提案を朝比奈に持ちかけます。
8. 脚本や展開には、ツッコミ所はあるが、そこまで「違和感」はなかった。
本作、面白い作品ではありますが、冷静に見ていくと、脚本や展開には「惜しい」部分が結構あります。レビューアーの意見でも、「ご都合主義」・「詰め込み気味」・「掘り下げ不足」といった指摘はありました。しかし、「物語が破綻する」レベルで酷い訳でもないように思います。※最も、脚本の高橋ナツコ氏が手掛ける作品は、結構「賛否両論」になるようです。
まず、つるたまのキャラが「盛りすぎ」なのは一理あります。彼女は、倉持から特別な才能をすぐに見込まれて、優秀な操縦士に成長しますが、もっと部員同士で競って勝ち上がっていくシーンがあっても良かったかなと思います。その方が、「彼女の特別な才能」が際立つので。また、同級生は個性的なキャラですが、ほぼモブで、終始彼女の太鼓持ち状態なのは、勿体ないと思いました。(勿論、彼女も試合で負けたり、悪天候で棄権したりといったシーンはあるので、全く「挫折がない」訳ではありません。)
また、倉持と朝比奈の関係は、もっと詳しく見たかったです。朝比奈の現役時代や、倉持と関わったきっかけなど、気になるエピソードはあります。ちなみに、朝比奈が若いのに何故か杖をついている理由ですが、パンフレットより「現役時代に怪我をして後遺症が残った」との記載がありました。
そして、部活の監督は老練な爺さんですが、あまり台詞が無かったため、キャラ像が掴めませんでした。彼は、もう老齢なので、今は飛行機には乗ってないのかもしれませんが、監督というからには、実力者だったはずです。だからこそ、彼の若い頃の武勇伝の一つは聞きたかったです。
さらに、倉持の「退学」についても、やや唐突な感じはあります。彼が自分の夢を追うことは良いのですが、「今年は青凪大学は優勝を目指す」と宣言して、部員を巻き込んだにも関わらず、きちんと自分の事情を皆に伝えないのは良くないです。
正直、この部は「報連相」の連携が取れてないように感じますし、先輩方に責任感が欠けているように感じました。正直、この辺は、もっと彼の心情や、ドイツの航空学について、掘り下げたほうが良かった気がします。(ストーリーとしては、十分想像できるレベルなので、「粗」という程でもないですが。)
上記で述べた、「倉持先輩の安否不明からの試合参加」エピソードにも、思うことはあります。正直、飛びたいという感情の「熱意」で、試合続行を押し切る展開は、エピソードとしては「良い」のですが、実際に無理を押してやったらいけません。やや「美談」感は否めないです。
皆で考えた結果、ラストの飛行はつるたまになりました。悲しい気持ちを乗り越え、なんと彼女は飛行で1位になり、青凪大学は優勝しました。
そして、つるたまが朝比奈に持ちかけた「提案」、それは倉持を探しに渡独することでした。なんと、彼女はドイツにて、グライダー飛行を試みるのです。彼が飛んだコースに沿って、国境付近まで行ったとき、無線から「倉持の声」が聞こえてきたのです。
正直、彼女はいつドイツでのグライダー操縦免許を取っていたのか?や、倉持が街中から走って、飛行場の無線まで間に合ったのか?といったツッコミは尽きませんが、ここは演出としてなら、「良い」でしょう。
しかし倉持、流石に「墜落からの無傷」は無理があります。(もしかしたら怪我をして、入院から退院していたのかもしれませんが。)
そして、事故からどのくらいの時が経ったのかはわかりませんが、仮に「生存」していたなら、「何で誰にも連絡しないの~」とツッコミを入れたくなります。(やはり本作、全体的に「報連相」の意識が不足しています。) 最も、「死」をお涙頂戴にしない展開は良かったですが。
ここまで批判的な話をしましたが、邦画アニメの中では、「出来ている」方だと思いますし、実は「隠れた名作」かもしれません。
パンフレットは、2週目にして映画館では完売したので、観た人は多いのかもしれません。私が観た日は、上映は1日1回ながら、客席は半分くらい埋まっていました。
もしかしたら、口コミで広がっていく可能性はあるかもしれません。
出典:
・映画「ブルーサーマル」公式サイト
https://blue-thermal.jp/
・映画「ブルーサーマル」公式パンフレット
・長野グライダー協会 グライダークラブリンク集http://link.soarnagano.jp/
・Photo AC 夏空とグライダーの背景素材 正面 フリー素材
https://www.photo-ac.com/main/detail/22160241