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映画「私ときどきレッサーパンダ」感想

 一言で、レッサーパンダを通して、母娘関係、血統主義への反駁や脱却をエグく描いています。日本アニメのオマージュが多く、アニメ愛は伝わってきますが、オタクやミウチ感の強さはキツかったです。

評価「C」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。

 1990年代のカナダ、トロントのチャイナタウンに住む中学1年生13歳の女子メイリン・リー(通称「メイ」)。彼女のは、厳格な母ミンと優しい父ジンのもとで、いつも両親を敬い、期待に応えようと「良い子」に振る舞います。
 実は彼女には、性格の「二面性」がありました。外側では「真面目で頑張り屋」ですが、内側では「妄想力抜群」なオタク・アイドル「4★TOWN(通称『4タウニー』)」の夢女子です。しかし、オタクやアイドルを嫌う母の前では、そんな面は「秘密」にしています。
 しかし、メイはある出来事をきっかけに「本当の自分」を見失い、感情をコントロールできなくなります。彼女は悩みつつも眠り、翌朝に目を覚まし、鏡を見て絶叫します。なんと、そこには大きな「レッサーパンダ」が映っていたのです!
 この突然の変身に隠された、メイも知らない驚きの「秘密」とは…果たして、メイは元の人間の姿に戻ることができるのでしょうか?ありのままのメイを受け入れてくれる友人や、お互い愛しているのに「心」がすれ違ってしまう母を通して、メイは「本当の自分」を探しに行きます。

 本作の制作を手掛けたドミー・シー監督は、短編アニメ「Bao」にて、第91回アカデミー賞®短編アニメーション賞をアジア系女性として初めて受賞しています。偶然「命が宿った」中華まんと人間が「親子」として過ごしていく、不思議だけどハートフルなストーリーが観客を魅了しました。
 実はドミー・シー監督は、メイと同じく1990年代にティーンエイジを過ごした中国系カナダ人です。そのため、自身の実体験を作品に反映することでストーリーやメッセージにより一層の深みを与えています。

1. レッサーパンダのモフモフ感は凄いリアルだし、表情豊かで可愛い。

 本作に登場するレッサーパンダは、とにかく毛がモフモフで、CGでここまでのリアルな質感を表現できることに驚きました。「トイ・ストーリー4」のダッキーとバニーのモフモフ感は、玩具の人工毛ですが、本作のレッサーパンダのモフモフ感は、実際の動物の毛のようでした。もし側にいたら、実際に触れてみたいと思えるほど、モフモフ感が伝わってきました。そして、レッサーパンダの表情の豊かさはコミカルタッチで可愛かったので、こちらも終始頬が緩みっぱなしでした。

2. 従来のフィクションの女性像を打ち破る「リアル」な女性の描き方とは?

 本作では、女性の「思春期における第二次性徴期」を身体的特徴から「リアル」に描いています。従来のフィクションにおける女性像で「タブー」とされてきた「生理(月経)」・「毛」・「体臭」の要素が、ガッツリと描かれています。※勿論、実際の人間のものではなく、飽くまでも「レッサーパンダ」というデフォルメとしてです。
 このような「ケモナー」のフィクション作品は今までも沢山ありましたが、獣の要素をキャラの外面だけでなく、実際の人間に喩えているのは、かなり「革新的な」表現でした。

 最初、メイの「変調」を母が「初潮」だと思い込んだシーンで、ナプキンや鎮痛薬、栄養剤が出てきたときは思わず驚きました。そして、レッサーパンダの毛は女性の「無駄毛」、獣臭は女性の「体臭」、気分が不安定になるとレッサーパンダに変身するのは「生理前のPMS」の隠喩ではないかと思います。
 このような女性の「通過儀礼」をデフォルメながらも、きちんと観客に伝えたところは「斬新」でした。フィクションの女性だからと「無視」せずに、敢えて「リアルな」女性として描いたところは良かったと思います。

 そして、女性は「優しい・強い」だけではないです。従来「女性神話」や「母性神話」によって悪く「押し付けられてきた」部分を、本作は良い意味で「打ち破って」います。※ここは、「ミラベル」のルイーサを思い出しました。

 ちなみに、レッサーパンダの体色である「赤色」ですが、漢民族では「喜びの色」とされており、「強い生命力」・「生命のしるしである血」・「子孫繁栄」を象徴しています。

3. クローズオタクから、オープンオタクへの「変身」。

 前述より、メイは腐女子で夢女子です。その妄想力・行動力は凄まじく、気になる男性(コンビニバイトのデヴォン)に対する「想い」を、スケブへの妄想落書きに認めたり、レッサーパンダになってからはクラファンや同人活動によるグッズ制作、プレゼンや動画撮影による「お気持ち表明」などに大きな情熱を傾けています。
 しかし、本作の時代は1990年代です。そのせいか、2020年代の「オタク」とはかなり異なる印象を持ちました。この頃の「オタク」って、何か「ダサさ」が付き纏うものだったと思います。たから、メイやメイの友人も、どこが「ダサい」のです。※勿論、キャラを貶す意図はありませんし、彼女らが「見た目に全く気を遣わない」訳ではありません。
 そういえば、ディズニー作品の「メガネ女子」といえば、ミラベルがいますが、彼女が醸し出すオシャレ感とはかなり異なりますね。

 また、この当時「オタク」というアイデンティティーを周囲に「公言」することは「タブー」視されていました。そのせいか、本作には「電車男」や「アキハバラ@DEEP」、「キサラギ」みたいな1990〜2000年代初頭のひっそりとした「クローズオタク」臭が漂っているのです。
 それでも、メイは自分がオタクであることを恥じたり、同じような趣味の人をバカにしたりしません。寧ろ、「自分のアイデンティティーはこうなんだ!」と周囲(特に母)に宣言して、どんどん自分の殻を破っていきます。このシーンは本当に「爽快」でした。
 このように本作では、レッサーパンダへの「変身」を通して、クローズオタクから、オープンオタクへの「変身」を描いています。

 実際、この後の時代になると、「オープンオタク」が主流になっていきます。如何にも「オタクファッション」ではない芸能人やアスリートなどの有名人がオタクを「公言」したり、テレビ番組のゴールデンタイムに漫画やアニメなどの「サブカル特集番組」が放送されたり、「オタク」を恥じずに、アイデンティティーとして「公表」していく時代へ変わっていきます。

 そういえば、実写版「クルエラ」や「ミラベルと魔法だらけの家」では、「人間の二面性」や「ペルソナ(仮面)を剥がすことの重要性」を描いていますが、本作もそうですね。それだけ実生活では、「二面性」を持っていたり、「ペルソナを被っている」人が多いということなのでしょうね。

4. 母から娘への偏屈した愛と、そこからの脱却、自立。

 メイの母は、娘に対する愛情はありますが、その方向が如何せん「ズレまくっている」ので、観ててキツかったです。※「過保護のカホコ」の泉クラスのヤバさ。
 一見すると、娘の話を聞いているようですが、実は全く聞いておらず、とにかく自分の歪んだ思い込みと偏屈した愛情で突き進んでしまうヘリコプター毒母ぶりには、嫌悪感と不快感がMAXになりました。
 しかし、物語が進むにつれ、メイはそれがヤバいことだと気づき、遂に母に「反抗」し、「脱却・自立」していくのです。このように、家族愛って、一見キレイなものに見えますが、時に「足枷」となることもある怖くてドロドロしたものです。ここは、「リメンバー・ミー」や「ミラベルと魔法だらけの家」でも似たような視点がありました。

 ちなみに、父は主夫か在宅ワークかなと思います。彼は料理は得意で、出てくる料理はとても美味しそうでした。この辺は、やはり「Bao」の監督だなぁと思いました。

5. 血統主義への反駁。

 メイの家は寺院で、格式高く伝統を重んじています。そして、その歴史は長く、ずっと先祖の教えを受け継いできたのです。冒頭の「親を敬い、期待に応えようとする」というメッセージには、中国の儒教の教えが色濃く出ています。

 物語中盤、メイがレッサーパンダに変身したことが両親にバレると、途端に祖母と親戚のおばたちが家に駆けつけます。そして、彼女らも、母に負けず劣らず「強烈で曲者揃い」でした。ここは、女系家族の結びつきの強さと、男性の影の薄さが色濃く出ています。もしかすると、父は婿入りなのかもしれません。
 しかし物語終盤で、メイは「ある決断」をするのです。確かに母や祖母やおばとは「血は繋がっている」けど、「私は私、誰のものでもない」と宣言する、ここは「血統主義への反駁」が描かれたと思います。

6. 日本アニメの「オマージュ」が多いので、小ネタを探すのは楽しいかも。

 本作では、「これでもか!」というほど、日本のアニメが「オマージュ」されているので、小ネタを探すのは楽しかったです。

・主人公のメイという名前 ≒「となりのトトロ」のメイ?

・レッサーパンダのキャラデザは、「ポコニャン」や「となりのトトロ」のトトロやネコバス、「平成狸合戦ぽんぽこ」の狸達?

・メイが嵌っているゲームは「たまごっち」。

・メイのぬいぐるみは、「リラックマ」などのサンエックスのキャラクターや日本のゆるキャラから。

・ケモナーや人間から動物への変身は、「らんま1/2」や「犬夜叉」、「バケモノの子」。※監督が「るーみっくわーるど」の大ファンらしいです。

・メイと友人の服の配色(赤・緑・黄・紫)は、戦隊ヒーローシリーズや美少女戦士シリーズ(セーラームーンやプリキュアなど)。

・いじめっ子男子のタイラーは、「ドラえもん」のジャイアンとスネ夫を混ぜたようなキャラ。

・男性アイドルグループは、ジャニーズや韓流アイドルみたいです。※肌の色や言語、出身地に「ポリコレ配慮」がありました。

・メイが月夜に飛ぶシーンは、「セーラームーン」や「時をかける少女」。

・巨大化したレッサーパンダは、「ゴジラ」や「進撃の巨人」の巨人。

・儀式の錬成陣は、「鋼の錬金術師」。そういえば、「ミラベルと魔法だらけの家」のブルーノの能力とも似ています。

・竹林の別世界は、「かぐや姫」みたいでした。メイの先祖のサン・リーは、乙姫のような容姿でした。中国アニメには、こういうキャラ多いと思います。

 他にも沢山あるので、是非探してみてください。

7. 「短所」は抑えずに、うまくコントロールしましょう。

 本作では、レッサーパンダは「可愛いマスコット」面だけではなく、「野獣」としての一面も描かれます。実はメイ一族の女性たちは、レッサーパンダを「継承」しているのですが、普段はうまくレッサーパンダを各々のアイテムに「隠して」います。
 しかし、感情のブレーキが効かなくなったとき、「レッサーパンダ」は牙を剥くのです。そのため、メイや母のレッサーパンダは「暴走」しました。
 でも、本作では「野獣=短所」とは捉えていません。誰でも心には「野獣」を飼っている、だからそれを「抑圧」するのではなく、うまく「コントロール」することが大切さだと伝えています。自分の短所に向き合い、うまく付き合っていくことは難しいけど、それを苦に思わなくていいと思うと、心が楽になりました。

8. 「移民系のストーリー」は昨今のブーム?

 本作の舞台はカナダのトロントにあるチャイナタウンです。つまり、メイ一族は「移民」なのです。彼女らがいつ本土の中国から移住したのかはわかりませんが、遠い異国の地でも、文化や信仰を受け継いでいます。
 最近は、「イン・ザ・ハイツ」や、「ウエスト・サイド・ストーリー」のリメイクなどで、移民系のストーリーが評価される傾向にあります。ここは、アイデンティティーと葛藤しながらも、居場所や人権を勝ち取っていく、昨今の運動から来るものかもしれません。

9. オタク故の「共感性羞恥心」の煽り方が半端なくキツい。

 一方で、「not for me」と感じる場面も結構ありました。個人的には、「楽しめたには楽しめた」作品でしたが、「独特のイタさやキツさ」が残る作品でもありました。
 それは、本作が所謂「公式同人誌」作品だからだと思います。B級・ニッチで内輪・ウチラサイコー系の私小説的なノリが延々と続きます。※前述より、監督自身が中国系カナダ人であり、メイと同じように1990年代、トロントでティーンネイジを過ごしているので、「私小説」的な要素が含まれていても違和感はないです。
 しかし、「共感性羞恥心」の煽り方が半端なくキツかったです。「寒さ」を感じるあるあるネタ、アイタタタな滑りコメディー、「草生える(w)」的な冷ややかなギャグで勝負しているため、笑えるといえば笑えますが、イライラや寒気も感じました。(勿論、それは作中で織り込み済みですが。) 
 正直、キャラや作風の癖がかなり強いので、合う人は絶賛しますが、合わない人はとことん合わなくてキツい作品かもしれません。
 この辺のノリは、「銀魂」・「翔んで埼玉」・「紙兎ロペ」・「映画大好きポンポさん」などを彷彿とさせます。

 Twitterでは「絶賛の嵐」でしたが、それは「オタクさん」が多いからでしょうか?しかし「オタクだから、本作に賛同できるか?」といえばそうでもないと思います。※ちなみに、大手映画レビューサイトやYou Tubeの映画批評チャンネルでは、評価が見事に「二分」されていました。

 正直、本作は「トイ・ストーリー」や「モンスターズ・インク」などと比較すると、ミウチ感が強くて、こぢんまりとしているため、前者の作品にあるような大人にも子供にも響く「普遍性の高いテーマ」を期待すると、残念ながら肩透かしを喰らいますし、「非オタク」の方が観ると、「火傷」するかもしれません。

10. 毒親は「連鎖」することの描写がエグい。

 本作で描かれる母の「異常行動」はかなり病的でヤバく、気持ち悪かったです。実際、「こういう親あるある」の比喩かもしれませんが。しかし、母がそうなった原因は祖母だと思います。(もしかしたら、祖母よりも前からずっとこうだったのかも…) このように、本作では娘と母の歪な関係(メイと母、母とその母(メイの祖母))から、「毒親は『連鎖』する」怖さをエグく描いていました。

 実際問題、母は「病院にかからないとマズい」レベルではないかと思います。作中では、「レッサーパンダの封印」のようなファンタジー的な解決や、「メイが母を赦す」親子間での解決に収束していましたが、当事者からすればこれだけでは「厳しい」と思います。とりあえず祖母は、母に謝ってほしい…。いっそ祖母・母・娘でカウンセリング受けたら?とも思います。
 しかし、竹林でメイが見た「幼い頃の母の姿」は、母の「インナーチャイルド」かもしれません。やはり、あの母は「AC(アダルトチルドレン)」だったのかなと思います。ここは精神医学療法をモチーフにしたのでしょうか?※最も私は「専門家」ではないので、これ以上の言及はしません。
 このように「人間の内面に着目する」アプローチは、「インサイド・ヘッド」を思い出しました。

 ちなみに、ここは考察の域を出ませんが、レッサーパンダの大きさは、「『抑圧された』気持ちに比例する」と思います。母のレッサーパンダがやたら巨大化したのは、祖母からの「過大な期待」や「押し付けられた生き方」のせいかもしれません。

 結局、レッサーパンダの能力は、一族の女性に引き継がれますが、それって「良い」ことなのでしょうか?もしメイが娘を産まなかったら、また「子供を持たない」選択をしたらどうなるのでしょうか?
 一方で、もしメイに娘がいたら、またその子が「思い悩む」ことが想定されます。しかし、本作の出来事を乗り越えたメイなら、万が一そうなったとしても、祖母や母とは違った対応ができるかもしれません。

11. 4タウニーが「舞台装置扱い」なのは惜しい。

 メイ達があれだけ会いたかった「4タウニー」ですが、「盛り上げ役で舞台装置扱い」だけだったのは勿体なかったです。
 一人一人に細かな設定があるのに、それが全くと言っていいほど作中で活かされていないので、殆ど印象に残りませんでした。
 そのため、メイ達が、彼らのどこが好きなのかイマイチ伝わってこなかったです。※勿論、「歌や雰囲気が好き」というのも良いのですが。
 最も、1990〜2000年代初頭のアイドルだと、ファンとの距離は「遠かった」かもしれません。現代のように、握手会やサイン会が頻繁に開催されたり、SNSでフォローして「繋がれる」時代ではないので。

 それにしても4タウニー、コンサートを壊されて、命まで脅かされたのに、よく「協力」してくれましたね。勿論、ファンサービスといえばそうなのかもしれませんが。個人的には、お経・ボイパ・ラップのコラボは面白かったです(笑)

 また、メイの仲良しグループは、母の「暴走」によって一度「断絶」しました。しかし、最後は仲直りできました。「歌は友情を回復させる」・「皆が協力すれば仲直りできる」といったメッセージは、悪くはないです。しかし、ちょっと「雑」なのは否めません。メイと友人達(主にミリアム)の関係修復のエピソードは欲しかったです。それかメイの母がミリアムに謝罪するか。

 ちなみにタイラー、メイ達を馬鹿にしつつも、実は4タウニーのファンだったのは草でした。彼も、「人には見せない一面」があったのかもしれません(笑)

 それにしても母は、コンサート会場を「破壊」しましたが、その弁償費用は賄えたのでしょうか?※こういうことをツッコむのは野暮かもしれませんが。

 そしてメイ、結局デヴォンや黒髪男子のことは、どうでも良くなっちゃったのかな?やはり、今は現実男子よりも、アイドルの方が好きなようです。

 最後に、吹き替え声優の一人として、「もう中学生さん」が出演されていました。※エンドロールより。役名は非公開のようです。

 本作でここまで「振り切った」ピクサーでしたが、次回作の「バズ・ライトイヤー」では、どんなメッセージが示されるのでしょうか?勿論楽しみですが、ある意味怖くもあります。

出典:
・「私ときどきレッサーパンダ」公式サイトhttps://disneyplus.disney.co.jp/program/lesserpanda.html

・レファレンス協同データベース
質問「中国でいろいろな場面で「赤」色が使われているが、その理由を知りたい。」https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000078726

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