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懐中電灯で盛り上がれるひと。

懐中電灯のはなしである。
かつて小型の懐中電灯といったらマグライト一択であった。単三電池二本で十分な明るさと点灯時間を確保して、だれがなんと言おうとマグライト一択であった。

当時のマグライトはその小型の製品マグライトミニにかなりのカラバリが存在して、売り場の棚を席巻していたのをよく覚えている。もう二十五年以上昔のはなしである。ぼくが学生時代、インターネットは今ほど発展していなくって、ほしい商品があればお店に行くしかなくて、ぼくは東急ハンズの売り場に並んだマグライトミニをしげしげと眺めた挙げ句、ようやくそのうちの一本を購入したのであった。

とくに懐中電灯が必要だったわけではない。ただいつもかばんに忍ばせていて、来るかもしれない緊急時に役立てようと持っていただけだった。それはつまりただ単にマグライトが欲しかったのである。実際にマグライトミニがあってよかったとか、役立ったということはありがたいことに一度もない。だからぼくは時々取り出してスイッチをひねって点灯してみたり、わけもなく電池を新品に交換したりして月日が流れ現代に至る。

二十五年前学生だったぼくも結婚して子どもができて、息子と昆虫採集に出かけるようになった。四分の一世紀が過ぎたのだからそういうこともあるものだ。昆虫採集、とくにカブトムシやクワガタを捕るといったら懐中電灯である。夜に出ていかなくたって懐中電灯は必要である。昼間でも雑木林は薄暗いし、とくに木の陰や樹液が出ているところは暗いところが多いのだ。

いよいよマグライトの出番だと思って久しぶりに取り出してみた。えらく暗い。電池が悪いのかと思って新品に取替えてみたが、やっぱり暗い。まるで豆電球のようなオレンジ色の光がゆらゆらと壁を漂っている。言っておくが、マグライトミニの光源はLEDである。なのにどうしようもなく暗い。電球ならフィラメントの劣化で光量が落ちることがあるが、LEDに限ってそんなことがあるはずがない。しかし念の為予備のLEDに交換してみるもやはり暗い。ちなみにマグライトミニには予備のLEDがビルトインされているのである。

なんということだろう。どうしてかわからないが、とにかくこんなに暗いのでは昆虫採集には使えない。そこでぼくは急遽新しい懐中電灯を手に入れることにした。

すると世の中がまるで様変わりしてしまっているではないか。マグライトのマの字もない。それどころかこの手の製品はアメリカ製と決まっていたのに日本メーカーが幅を利かせているではないか。

その名もジェントス。ぼくはマグライトミニと同じく単三電池二本で駆動するタイプを購入した。充電式のほうが照度が高いものが多いが、いかんせん点灯時間が短い。ちなみに照明機器には照度と輝度という二つの尺度がある。大雑把にいって照度というのはどれくらい照らせるかを指すものさしで、輝度はどのくらい眩しいかを図るものさしである。

その昔LEDはただひたすら輝度ばかりが高いものが多くて照度が低かった。ようするにレーザー光線は失明するほど眩しいが、暗闇を照らすには不向きであるのと同じである。もともとLEDは照明用デバイスではなくて通信用などに使用するデバイスなのだから当たり前だった。

マグライトミニが登場した頃は照明用LEDとしての性能が低くて、LEDを使っているという事実だけが商品価値だったのである。クリスマスイルミネーションでさえ電球だった時代のはなしである。

そして現代、LEDは照明用デバイスとして進化した。その進化の速度は電球を駆逐し、蛍光灯を絶滅に追い込み、ぼくら映像屋が仕事で使うハロゲンランプやHMIでさえその居場所はなくなったといっていい。

ジェントスの閃というモデルのスイッチを入れてぶったまげた。昼間のように明るい。その大きさからは想像ができない明るさである。点灯した瞬間マグライトミニの火が消し飛ばされた。ジェントス閃の前にマグライトミニは点灯していないも同然だった。

マグライトの名誉のために書いておかねばならない。マグライトミニの売りはLEDだけではない。そのボディはぼくの記憶が正しければジュラルミン製である。高強度アルミ合金製である。頑丈さだけで言えばジェントス閃よりも上である。

懐中電灯ひとつでこんなに盛り上がれるとは思っていなかった。

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ちいさな島
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