じゃがりこ事件
4歳の娘は甘いものよりもしょっぱいものが好きである。したがってお菓子もポテチやおせんべいが大好きである。もちろんじゃがりこも好きである。じゃがりこは妻がビールのおつまみに大量に買いだめしていて、それを時折子どもたちに分けている。ぼくは断然甘党なのでこの手のお菓子はほとんど食べることがない。
さて、子どもたちの週末のお楽しみと言えば映像を観ながらおやつを食べることである。我が家にはテレビがないし平日はいかなる映像も観せないからそれはそれは楽しみににしている。最近はもっぱらドラゴンボールばかり観ている。
おやつに出したじゃがりこを兄貴はさっさと食べてしまったが妹は2本残った状態で本日の映像鑑賞が終了した。二人はもう一本観せてくれとぼくに懇願したがぼくはきっぱりと却下した。きりがないからである。すると二人は観たばかりのドラゴンボールごっこを始めて騒ぎ出した。ぼくは残っていたじゃがりこ2本をポイと口に入れて空いた皿を片付けた。それが悪夢の始まりだとは知らずに。
兄弟はしばらく騒いだのちにいつものように最後は妹の泣きが入ってぼくが強制介入して終了させた。娘はぼくの膝の上で大泣きしてふと「あそうだ」と言ってとことことあるき出した。そして。
「あっ!じゃがりこがない!」
「え?」
「じゃがりことっといたのに!」
(とっておいたのか…)
「いらないのかと思って食べちゃったよ」
「3本あった!」
「2本しかなかったよ」
「じゃがりこ返せ!」
「もうないよ」
「わーん!じゃがりこ返して!かえしてよ!はやく返して!」
「うんまた今度ね」
「今度じゃなくて今すぐじゃがりこ出してよ!」
娘は目から大粒の涙を振りまきながらお父さんを殴る蹴るつねるの暴行を始めた。
「お父さんのクソバカジジイッ!!!」
「あ、お父さんに向かってクソバカジジイって言ったな」
「ぎゃー!!!!」
ほとんど断末魔のような泣き声をあげて娘はぼくに掴みかかってきた。それからたった一行で書いちゃうがこのあと1時間あまり泣き続け暴力を振るい続けたのである。じゃがりこ出せばいいじゃんというむきもあろう。あるいは根負けしてじゃがりこを出してしまうひともいよう。しかしぼくはだからといってじゃがりこを出すのはなんか違う気がしたのである。だからぼくは耐えた。暴力と暴言を耐え抜いたのだ。
もう拷問の記憶はほとんどないが、妻が帰宅したりなんだりしてようやく沈静化してから女の執念深さを思い知った。娘はなにかにつけて「だってお父さんがじゃがりこ食べた」というのだ。ちょっとワガママが始まってそれを指摘すると「だってお父さんがじゃがりこ食べた」と文末に付け加えるのである。息子ならとっくに忘れちゃってるだろうが、娘は決して忘れない。たぶん一生忘れないのではないかと思う。三つ子の魂百までだ。何年かして「あの時お父さんにじゃがりこ食べられたのが本当に辛かった」とか言うのである。
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