日本語の私と英語の私
日本語の私も英語の私も同じ私で在りたい
3年超の産休育休からCA業へ職場復帰して早1ヶ月。
外国籍の同僚やお客様とふれあう機会がまたグッと増えたこともあり、最近改めて強く感じています。
日英接客で恐れるべきこと
日本人の横に外国籍の人がいたとして、日本人に日本語で『かしこまりました』と言い、外国籍の人に英語で『OK』と言ったとします。
ここで一番恐れるべきことは、この日本人も外国籍の人も日英が理解できる場合です。
(隣の人にはすごく丁寧な言葉遣いなのにどうして私には雑な物言いなんだろう…)
(私には敬語で接してくれているが隣の人にはタメ語なんだ…)
などと、感じられるかもしれません。
そう感じるだけにとどまらず、そのズレを差別だと感じ、悲しい思いや怒りを感じられる方もいらっしゃるかもしれません。
お客様から同じ対価をいただいているのに同じ質のサービスを提供できないとしたら、それはプロを目指す私にとってはものすごく恥ずかしいことであり、悔しいことです。
根っこにあるもの
仕事でもプライベートでも同じなのですが、根っこにあるのは『あなたと分かりあいたい』『あなたと出会えて嬉しい』という気持ちです。
1秒に1人会ったって世界中の人に会うには約244年必要です。
そのくらいの奇跡的な確率で人と人は出会う。
そしてその相手は日本語を話さないかもしれない。
そんな時、英語は、人と人の心を国境・世代を超えて繋ぐ赤い糸になる。
そう信じているから、英語で相手の心に踏み込むことを恐れたくないのです。
大切な人が日本語を話す人とは限らない
国際線CAという英語を使う仕事に就きましたが私は英文科卒ではありません。
国際結婚こそしていますが帰国子女でもありません。
TOEFLの点数が足りず大学交換留学枠に漏れたので、高校時代の三週間の短期留学経験しかありません。
TOEICも満点からは程遠いスコアです。
むしろ、TOEICのスコアが伸びるほど、コミュニケーションの難しさ、もどかしさも増しています💦
それでもやっぱり英語が好き
それでもやっぱり英語が好きです。なぜかと言えば、英語という入口を通じてたくさんの価値観に出会うことができるからです。
そして、英語を通じて出会えた価値観に、私自身が何度も救われてきたからかもしれません。
国籍・世代・性別・職業・信条の枠を超えてもなお、
同じ心地よさを演出し、
安心感を抱いていただける相手で在りたい。
自分のためだけだったら頑張れないけれど、誰かの笑顔のためだったら頑張れる。
いつ達成できるか分かりませんが、この挑戦は譲らないつもりです❤