マデイラ島からやっと脱出したその先は、なつかしのアムステルダム
いやあ、都会だわぁアムス。
空港でてからもう電車がきれいだもの。未来の乗り物のようにすら思える。
島で、しかも自給自足の方たちの半分屋外生活みたいなのに混ぜてもらっていた後だと尚更
わー近代になったー😲ぼえー っとなる。
そして朝方に到着した街のおだやかなこと。
本来都会っつーのはこうあるべきですね。
飛行機自体は夜に到着してたんだけど、
週末でドミトリーですら高かったからもったいなくて
その日は空港のベンチで寝て、朝にホテルのある駅にきた。
マデイラでなぜ閉じこめられていたのかは是非前の記事を読んでほしいんだけど、
もう脱出3度目の挑戦で、
それに乗れなければ、そのあとドイツからトルコに行く飛行機にも間に合わなくなるから…
本当にこれがラストチャンスだった!
とにかく最安で出られるとこならどこでも良い。まず出ないことには💦って。
マデイラから出れさえすれば、
他の国の空港からならまたキャンセルになったとしても少なくとももっと多くの代替え便がある!
しかめっつらでスマホに取られた数時間の末
なんとか許容範囲の値段でアムステルダム行きを見つけて急いで取った。今度こそ飛べよと祈りながら。
2度目のキャンセルのときに空港で私を拾って息子さんの家に連れて帰ってくれたドイツ人アフリカ暮らしのおばちゃんも同じチケットを取り直したので
空港にも一緒にいった。
その前日に私が一人で海に行っていたときの帰りヒッチハイクで乗せてくれたおじさんが迎えに来てくれて
おばあちゃんと私を空港に連れて行ってくれた。
あのおばちゃんがいなかったらマデイラ最後の3日間はどうなっていたことやら。
またどこかで再会したいし、元気でいてほしい。
ほんと、
寝不足でも心はシャバに出たぞ!と喜びの雄叫び。
その日とっていたドミトリーのホステルに荷物を置いて
そのまま中央駅の方までずーーっとお散歩した。
途中電池が残り少なくなって充電がてらコーヒータイムしつつ。
歩いてたら安物のバッグのベルト金具が割れて(片側はもとから割れてたからキーホルダーのワッカつけて応急処置してた)ついにクラッチバックになってしまい
旅中に両手が開かないバッグなんて使えないので捨てた。
そして1500円くらいの、またちゃっちいけど金具じゃなくて肩紐も部分も本体にくっついてるバッグを買った。
今回の旅でもまたVeniceにも行ってきたけど
ここアムスも運河の町。
「北のヴェネツィア」とも呼ばれる。
空港のWi-Fi導入が1番早かったとかも聞いたけど、
17世紀以降ものすごい発展っぷりで世界的に評価されて、多くの街がここを都市開発のモデルにしたみたい。
だから都会的な雰囲気と便利さが空港降りた時からあるんだな。
それなのに緑がたくさーんあるのも素晴らしいなぁと思う。中央駅まで歩くまでに大きな公園を何度も抜けた。
運河、細くてぎっしり並んだ建物、自転車の多さ、
マリファナ、コロッケの自販機、風俗の飾り窓…
アムステルダムを連想するいろんなイメージがある。
私は実は1番最初の海外一人旅が
オランダだった。
子供の頃からバリ島やハワイやサイパンや、そういう泳げて楽しいリゾート地に家族で行くことはあったんだけど、
完全に一人で勢いで行ったのは22歳頃のこの国だった。
なんで放浪する人生になったのかとか、一人旅のキッカケを聞かれることが多いから色んなところですでに話してることではあるんだけど、
私が主演した、大好きなヤンイクチュン監督の「しば田とながお」という映画がオランダのロッテルダム映画祭に招待されたのがキッカケだった。
それで最初の映画と言っていいくらい、他にもちょこまか出たことはあったんだけど私の最初の大切な映画だったから、オランダでやるなら私も行きたいっていうシンプルな動機。
でも決まったのがほんとに上映ギリギリのタイミングで、監督もキャストもだれも行かないというから私だけだったんだけどそれでも
まぁいっか1人で行ってきます!ってなったのでした。
クレジットカードもまだ持ってない私がギリで飛行機チケット買ったら貯金も全部なくなって滞在費が二万円になってしまったんだけど、現金2万円をにぎりしめて10日間のオランダに出発するの。今考えると初めてのくせに無謀だよね。
でもそのときのあまりにしょーもない状態で行ったからこそ、
レストランやバーでもいろんな人たちの輪を見つけると入り込んで大きい一皿頼むのは多いし高いからいくらか払ってシェアしてもらおうって試したり、
その結果あれこれ奢ってもらうことになったり、
そこでの話で心配したり応援したいと思ってくれた誰かが泊まり先に物資を届けてくれていたりして、
すごく助かったし、助けてくれる親切な人がいるし、1人で海外に行くからって1人になるわけではない
って知れた。
そのとき、おかげさまで最終日の前日まで乗り切り、
2万円しかないと思ってホントにチマチマ使っていたお金はむしろ少し余っていて
アムステルダムにも一日日帰り旅行に行けた。
あの一人旅はじまりの自分はここに立って何を思ったっけ。
歩いた気がする通りと、
絶対に歩いた店の前を通ったりしながら、
たくさんの記憶が抜け落ちてるのもわかった。
たかが10年ちょい前でもこんなに思い出せないなんて。
あの頃の写真がいくつかあるから、写真で見た自分を重ね合わせるしかなくて、記憶なのかはよくわからないけどあの時は寒かったんだなと思い出す。
アウトレットで買ってもらったばかりのめちゃくちゃ軽くて首から脚まであったかい白のダウンを着て、妹にもらった青いヴィヴィアンの手袋をしてた。
今回はイタリアで友達に借りたパーカーを着てる。
いつもだれかの優しさに包まれて生き延びてやがるぜこの女。
ところで建物の、私が感じる違和感をあんまり上手に写せてる写真がないんだけど、
なんていうか崩壊作画的な、ボッコングンニャリ、ジャンキー目線のアニメーションみたいに、傾きやバランスがバラバラなかんじしませんか?
それぞれの家がイキイキと勝手に伸びたり膨らんだりしちゃってるような。同じ角度で揃っていないかんじ。
これって目の錯覚なのか、あえてわざとこうしてるのか、、、私がそう見てるだけなのか?
このかんじがすごく可愛くて好きで、絵本の中に入ったみたいで嬉しかった。
ファンタジー作品ってだいたいそうゆう歪な建物あるじゃないですか。
でも現実世界じゃあんまりこの違和感に出会えず、どこもまっすぐ整列してるから。
レッドライト通りもさすがに裸のお姉さんの目の前で細い道路を歩いてるところでカメラを出すわけにはいかないけどメイン通りは観光客で溢れてる。
昔来た時は、コーヒーショップで知り合ったおじいちゃんに案内してもらって一緒に飾り窓の通りを歩いたんだよな。
そのときは本来女性がはいるべきじゃない緊張感のある通りなんだと思って
おじいちゃんと一緒じゃないと歩けないような気でいたけど
今回見た感じだともっともっとオープンなかんじで私が立ち止まってまじまじと眺めても大丈夫そうって思った。
まさかアムスの中央駅でWi-Fi拾うのに苦労すると思ってなくて着いてから調べればいいや〜と油断して駅まで来てみたら、まわりのBARは軒並み開店前だし、
中に入ってるお店たちもどこも無理、駅の反対のほうにはフリーWi-Fiあると聞いたけど全然拾えない、
で、SIMも切れてたし乗る電車がわからなくて
これはまずいぞ乗り過ごすんじゃないか
と最後は焦って結局のアナログ。
人に聞きまくり、カウンターでチケット買い、走る。
で無事乗れた😂
さて、このあとは
ドイツのデュッセルドルフに一泊したら、
トルコのアンタルヤに移動です。
ここまで来れたらもうトルコ行きの飛行機も乗り過ごすまい。
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