世界を変えるすべての人たちへ【ショート文芸】
ピカソへ。
おまえが、一緒に世界を変えようぜって言ってくれたこと、今でも覚えている。
市民会館で観たラッパーのライブ、あの日喰らっちまった。余韻残るステージ後、客席でおまえが言ったんだ。俺らもやろうぜって。
十八の夏だったよな。若い頃は何にだってなれる気がしてたけど、そこから俺たちはラッパーって道を選んだ。
それ自体が俺にとってはかけがえないことで輝いていた。マジにな。
お互いに金はなかったから大体公園か川沿いに集まって作詞したっけ。
おまえが木曽川ピカソで、俺が長良川アインシュタイン。
んで、グループ名は清流兄弟。
名古屋に行った時のこと。
飛び入りでマイク掴んでボコられたよな。
ラッパーの世界も大人の理屈や上下関係ばっかで、無名の若手は上に媚びるか、大会で勝つしかなかった。誰も聞いてくんねー歌うたって何になるよ。俺がそう言っても、おまえはブレなかった。すげえよ。
二十代後半になるとさ、周りが結婚とか、ガキができたとかで、急に不安になったよ。毎日バイトして日銭稼いで、ライブはいつものメンツで、ステージが上がっていかねえ、毎日不安で焦っていた。
このままじゃいけねーって、俺は岐阜を出て上京した。
音楽業界を知るためとかそれっぽい理由つけてさ。
こっちに来てから生活していくのに精いっぱいでリリックなんて書く時間なかった。
違うな。目を背けていたんだ。
やべー。取り返さないとって。
ラップやっていた時間全部無駄みたいにしてさ。
社会人とはこうあるべきだ、とか勝手に自分を世界に合わせてた。
東京じゃあ、すれ違う人の多さにむせ返りそうになるけど、ああ、こいつら誰も俺のこと知らねえんだなって思うし、長良川アインシュタインて名前、完全出オチだろ。
今の俺は平凡な会社員で、勉強もできねー、顔がイケてるわけでもねえ。取柄がないんだわ。でもだから、俺は東京なんだよ。
おまえは違うじゃん?
岐阜だと地元のヤツから広く知られていて、駅前やモールとか行けばツレにばったり会える。正直たまにさ、そういう距離感に憧れる事もあるよ。
岐阜のフッドスタアにはなってねえかもしんないけど、地道に今もラップ続けている。それ自体が尊いわ。
前置きが長くなった。
今度結婚することになった。
式にはおまえも来てほしい。
全然連絡よこさんかったくせにって思うよな。
でもおまえには見せたいんだ。
おまえとラップした時間があって、俺は東京に来て、奥さんになる人と出会った。
繋がってんだ。
嫌ならまあ、ラッパーらしくラップで語ろうや。
世界を変える その一言は 笑われ馬鹿にされ 無視され たまらねえ
言葉は止まらねえ 俺みたいなヤツに刺さって
肩叩き振り向かす お待たせ
だからおまえは言い続ける事にこだわれ
互い一度きりの人生だ
幸あれ いとあはれ
アンサーは当日聞かせてくれ。