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#5.憧れとイメージがわからなかったアナ現役時代。

人生において「憧れ」という気持ちはとても大切だなと、個人的に思う。


憧れ=思い焦がれる、理想として思いを寄せること。

都会への憧れ。
海外生活に憧れる。
憧れの先輩。

自分の理想とする未来や人物を思い、心強く惹かれることを意味する「憧れ」。
好き、よりもなんだか遠くて、夢、よりはどうにか手が届きそうな、絶妙な距離感のイメージすらある、とてもロマンティックな言葉。


RADWIMPSの“夢番地”という曲にこんな歌詞が出てくる。

「僕はきっと今いつかの夢の上に立っているんだね」

そう、これに近い。

憧れがあれば、どんなことがあろうと「あの時描いた自分になれたのだから」と、苦難を乗り越える十分な理由になるし、あの頃のわくわくした自分に一瞬で戻れる。
どんなに苦しい状況の中にいても、憧れに向かって生きてきた日々こそが自分自身を支えてくれる。

そう、この「憧れ」こそが、自分の人生の強力な後ろ盾になると思うのだ。



わたしが1つ後悔していることといえば、アナウンサーという職業への憧れを抱く前に、アナウンサーになってしまったこと。

ひょんなことから突然的にアナウンサー試験を受ける決意をしたために、憧れを抱く間もなく就活の現実を見始め、あれよあれよと内定をもらってしまった。
内定当時は「アナウンサーになれる!」という気持ちより「これで就活終われる!ラッキー!」という気持ちが圧倒的に大きく、学生時代のラストスパートをどう謳歌しようかということで頭がいっぱいだった。(就職活動の話はまたどこかで。)


だから社会人になってからは、アナウンサーへの強い憧れを持って入社した人を何度も羨ましく思った。
小さい頃からずっとなりたかった、とか、この人に憧れてアナウンサーを選んだ、とか、想いがとても明瞭な人に出会うと、わたしにはないものだなぁ、良いなぁと思うのだ。
それは決まって、自分が落ち込んでいるときに思い出す。
今この状況をどう乗り越えよう、と手立てを探るも、そういう確かな後ろ盾がなく、とても手こずった経験がある。


もし、アナウンサーという職業に憧れがあったならどうだろう。
今より強くなれていたのでは…そう思わずにはいられなかった。
周りは皆強い信念を持ってキラキラと仕事をしていて、そんな姿を目の当たりにしたからだ。
なんて素敵なんだろう。

それに比べてわたしは、なんとなくぼんやり、というのか、ゆるりとしているというのか。


例えば仮にわたしに憧れがあったとして、過去の自分が憧れていそうなアナウンサー像とはなんだろうか、
と頭を巡らせるも、そもそもアナウンサーという職業に昔はどんな思いを抱いていたかを覚えていない。


それならば、と。
客観的にアナウンサーという職業のイメージを分析しよう。
そこからアナウンサーへの憧れを作り出そう。

そう思いついたわたしは、友人にアナウンサーの一般的なイメージを聞き、今更ながら意図的に憧れを作り出す作戦に出る。

夏も終わりに近付く2017年9月、友人たちに1通のメールを送りつけた。


【「アナウンサー」という職業のイメージについて調査しています。みなさんのイメージを教えてください。単語を羅列するだけでも、良いこと悪いことでも、なんでもOKです。】

(文面から胡散臭さダダ漏れ)

以下、このような回答を得た。

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回答者A.
「綺麗、頭が良い、気品がある、発音が上手、臨機応変な対応ができる、聞き上手、キャラ設定?がある。こんなイメージ。…あれ、最初3つくらいちひろは当てはまらない(笑)」


回答者B.
「ずばり、才色兼備でしょ。あとは、お嬢様とかモテモテとか。スポーツ選手や芸能人と付き合う。」


回答者C.
「身近にいるアナウンサーの印象が強すぎて答えづらい!(笑) 過去に抱いていたイメージを思い出すと、笑顔、滑舌が良い、知識が豊富(政治、経済、スポーツ)、年々人生経験豊富になっていきそう、生活リズム整えるの大変そう(朝の番組3時起き、みたいな)、ツッコミ?言葉の返し方が絶妙で上手い、清潔感、語学力ありそう(海外映画インタビューとか)、アイドル化?、芸人並みに体を張っているの大変そう(テレビ的なキャラ作りとか生き残る戦略として仕方ない部分あると思うけどね)、あと、デスクワークしているイメージがほとんどない。ほぼ何かしらでカメラの前で仕事していると思っていた。ホームページ見たりして、こんなにアナウンサーいるんだ、って思ったり…」


回答者D.
「朝早くてプライベートで悲しいこととかあっても、常に笑顔でいなければならない大変な仕事。その反面、仕事を通して様々なことを体験、勉強できる貴重な仕事。あとカワイイ人しかなれない」


回答者E.
「・女性アナウンサー:知的、女性アナウンサーがいることで周りは引き立つのに、主役ばりの存在感と華やかさを持ち合わせている。主役なのに脇役で、脇役なのに主役みたいな(真面目に答えてみた(笑))根性、野球選手。 ・男性アナウンサー:脇役。(笑)ただの真面目、涙もろい。」


回答者F.
「明るくさわやか、滑舌がいい、笑顔が多い、よくしゃべる、頭良さそう」


回答者G.
「取材とかで色々な人から話を引き出すから、コミュニケーション力がすごい大事だなっていうのと、あとは華やかな職業だと思う。」


回答者H.
「可愛い、口が上手い、話題豊富、女子の派閥アリ、女の先輩怖い、出会い多そう、外出るとき軽く変装する必要あり、決してスウェットでフラフラはできない、アナウンサーにギャルはいない、キレイめコーデ、男は爽やかイケメン、男はたまに熱血体育会系あり」


回答者I.
「真面目、賢い、大卒、清潔感、中立的立場」


回答者J.
「キラキラ、綺麗な声、イメージ大切、清潔感」


回答者K.
「スポーツ選手か芸人と結婚する。フジは可愛い系、日テレは美人系。耳に残る声質の人が多い」


回答者L.
「きれいな女性、話し上手(普段の会話でも)、明るくてきびきび(ハキハキ)している、ニュースや地元のことをとてもよく研究している、内部ではいろいろ大変な人間関係がありそう」


回答者M.
「良いイメージのみ先行している印象である。というか、そもそもこういう良いイメージを売るのも仕事のような気がしてならないが、ローカルは特に「普通のずぼら女子」が多いようにも見える。カメラの前ではうまくやっているのだから、そういう意味での臨機応変さは大事だろうと思う。」

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なるほど、アナウンサーってこういうイメージなのね。

綺麗、とか、真面目、とか、知識豊富とか、思った以上に良い言葉が並ぶ。
そのほとんどが自分自身に全くといっていいほど該当しておらず、他人事のように感じるわたし。
イメージと現実とのギャップに、少しこそばゆささえ感じながらニヤニヤした。


そうこうして、ようやく気付いたのだ。

わたしは、皆が抱いているようなイメージとは程遠いし、元々そんな素質もなかったのだということを。

例えわたしが昔からアナウンサーという職業に憧れていたとしても、きっと憧れとは全く別のアナウンサー人生を送っていたに違いない。
単純なわたしもまた、こんな大層なアナウンサーイメージを抱いたはずだ。
とすると、強すぎる自分の理想像にがんじがらめにされて「こんなはずじゃなかった…」と、むしろ現実とのギャップに苦しめられていたかもしれない。
この回答を見て、ふとそんな予感がした。

突然、踏ん切りがついた。
皆が思うイメージとは違うからこそ、
理想像の中で生きるのではなく、良くも悪くも現実先行型で無理なく生きればいいかと。

そう結論付けたあとは、憧れという段階を踏まない分、目の前の現実を清々しく赤裸々に生きられた気がする。

うん、きっとそうだった。そうに違い無い。


…とはいえ。

やっぱり、もし憧れがあったら、という一筋の淡い思いをまだ捨てられずにいる。
誰もが持てるわけじゃないからこそ、その人を強くしてくれるからこそ、もう1つの生き方をどうしても想像してしまう。

だからこそ声を大にして言いたい。

未来への憧れがある人は、どうかその想いを、大切に大切に育てて欲しい、と。
きっといつか、どうしようもない状況下でも、自分を救ってくれる頼もしい味方になるから、と。


こうわかっているから、なおのこと思うのだ。

あぁ、やっぱり羨ましい。
憧れ。

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