物語の余白にこそ(中井スピカ『ネクタリン』評)
中井スピカ歌集『ネクタリン』は、女性視点からの孤独、痴呆症の進む親との関係、海外への旅などの物語を率直に歌う歌集だった。しかし、歌人の本当の長所は、共感を呼びやすい物語や、その物語の核を形成する歌たちにではなく、その物語の余白に置かれた歌たちにこそ現れる(共感や物語の消費を我々はもっと畏れるべきだ。余白は消費され尽くされることはない)。この角度から眺めると、以下の歌に見られるような、そこにいない誰かを描くときの独特の視点が『ネクタリン』の長所であると言える。
「誰」が含まれる歌を挙げてみた。いずれも胸に刺さる暗さを描く名歌だ。この「そこにいない誰かへの独特」の視点はどこから来るのだろう。次の歌を読みながら、中井スピカのそこにいない誰かを想像することの根底には、今・ここから逃げたいという祈りがあるのではないか、というようなことを考えた。
最後に、上で触れなかった好きな歌たちを。これらの歌も、そこにいない誰かへの視点が含まれているといえよう。
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