塩素の製法と君の誕生日
さらし粉と硫酸を混ぜる。
水と塩素と塩化カルシウムができる。
これは塩素の製法。こんなこと覚えて何になるんだろう。
化学の教科書を睨む高校2年2月の夜1時。
今まで勉強をサボっていたわけではない。
毎日少しずつ、教科書を見ながら勉強している。
塩素の製法なんて今週は毎日見て、ずっと覚えようとしているのに。
昔から、どうにも暗記することが苦手だった。
鎌倉時代と室町時代がどっちが先なのか、ずっと覚えられなかった。
テレビは番組表が無いとどのチャンネルを見たらいいのかわからない。
他クラスの同級生の顔と名前がずっと一致しない。
多分私の記憶のメモリは容量が控えめで、興味がないことは入らないようになっているらしい。
冬の曇り空でなんとなく暗い教室。
私はまた化学の教科書を睨んでいた。
二酸化硫黄の製法も覚えないといけないのか…
うん、覚えるのに3日はかかりそう。
増え続ける暗記事項に絶望していると、クラスの男子2人が話す声が聞こえた。
俺明日誕生日やからちゃんと祝ってくれよ。
え、そうなんおめでとう。
え、知らんかったん?覚えといてや友達やろ。
ごめんて。ちゃんと覚えとくわ。
お前人の誕生日興味ないタイプやろ。
え、まぁ確かにみんなのあんまり知らんかも。
お前覚えとけよ、まめな男がモテるんやで。
まじ?めっちゃ覚えるわ。
おう、俺お前のちゃんと覚えてるからな。4月やろ。
違う、と私は思った。君の誕生日は9月10日。
そう私が心の中で言うのと、君が「違うわボケ」、と笑うのが同時だった。
あれ。なんで私は君の誕生日を覚えているんだろう。
なんでこの前LINEでちょっと話しただけの、君の誕生日を覚えているのだろう。
塩素の製法は何度見たって覚えられなかったのに。
なんだか頭の中がぽっ、として目の前がちょっとカラフルになった。
えーっと。
もしかしたら、もしかしたらだけど私は少しだけ君のことが好きなのかもしれない。
えーっと。
少なくとも塩素よりは。
今はそういうことにしておこう。
化学の教科書に再び目を落とした。
二酸化硫黄の製法なんて、余計に覚えられない気がした。
全く、どうしてくれるんだ。
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