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二年前から、ある地方銀行の保養所となっている小さな山小屋で働いている。 小屋は春から秋の間だけ保養所として使われ、管理人は網野さんという初老のご夫婦が務めている。既に還暦を迎えている彼らに代わって買い出しで町に行くほかに、ほとんど山から出ることはない。常に何かに追われていたような町での暮らしに比べ、山の暮らしは穏やかだ。 玄関を掃くために扉を開けると、涼しい風が吹いていた。下界はまだ暑い盛りであるにも関わらず、ここに吹く風は既に秋の気配で、アキアカネが空を覆いつくす
そのとき私は、まくら工場で働いていた。 * その工場は、陽あたりのよい丘の上にあった。そこで作られたまくらは、派手に宣伝をしているわけでもないのによく売れた。 「よいまくらは、存在を主張しません。そこにあることを忘れさせるのです」 出勤初日、老年の工場長はそう言って私に検針の仕方を丁寧に教えた。 仕事をする際は白い帽子に白いマスク、白衣を着用すること。ベルトコンベアで流れてくるまくらはやさしく静かに持ち上げること。まくらの表面に爪を立ててはいけないこと。指の腹で丁
それは私がとても幼い頃の、春の日の話だ。 芽吹き始めたふきのとうをしゃがみこんで見つめていると、突然、地面が大きな影に覆われた。驚いて顔を上げれば、町を飲み込むほど巨大な黒いクジラが悠々と空を通り過ぎている。 クジラの皮膚は黒く、しっとりと湿り気を帯びていて、尾ひれが規則正しく上下する。その都度強い風が吹き、足元の乾いた砂を巻き上げた。 これほど大きなクジラが通り過ぎたにも関わらず、町で騒ぎ立てる人はいなかった。私だけが呆然と、その黒い塊を見つめていた。 悠然と空