もっと前から学校に来たらよかった
「校内フリースクール」を創設して
2度目の卒業式を迎えた、中学校の話。
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校内フリースクールとは
不登校や不登校傾向にある
生徒たちのために
学校内につくった、居場所(教室)。
教室復帰を目的としない
本人の意思や自己決定を大切にする
対話を通して自己成長をサポートする
などをモットーに
校内の教員や支援員が関わる。
登下校時間、教室内での過ごし方など
本人の意思や気持ちを尊重し
多様な選択を可能とする。
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体育館のフロアでは
厳かに神聖に、そして心の芯から温まる
生徒も先生も保護者も一体となった
素晴らしい、卒業式。
その様子を見守るように
上階の部屋から
そっと参加する、卒業式。
【自己決定】を要としてきた
校内フリースクールでは
中学校最後のセレモニーも
先生方の配慮により、選択肢が準備され
生徒たちは、参加の仕方を自分で選ぶ。
上階の部屋から参加した生徒たちには
全ての式次第が修了後、校長室にて
あらためて卒業証書が授与される。
保護者の方、先生方も見守る中で
生徒たちは校長先生から証書を受け取り
中学校生活を振り返りながら
一言ずつ話す場面となった。
打ち合わせなし、の急な展開に
戸惑いながらも
それぞれが、等身大の想いを語る。
「楽しかったです」
あぁ、よかった…
不登校を選ぶ生徒にとって
学校は苦しく辛い場所になりやすい。
言葉が全てではないだろうが
生徒が楽しいと感じる
時間や居場所をもてたことに
ほっとした。
「もっと前から学校に来たらよかった」
・・・顔を真っ赤にして
泣きながら、絞り出した言葉に
写真を撮りながら聴いていたわたしは
思わず、嗚咽しそうになった。
この生徒は長期間
学校に来ない時期もあった。
本人の意思を尊重する、という
方針ではあるものの
学校で待つ者としては
このままで大丈夫かと焦ることもある。
でも担任は、この生徒を信じきった。
「この子は、自分で決めたら動ける子ですから。」
もちろん、放ったらかしではない。
タイミングを見ながら家庭に連絡し
(保護者の心理的負担にも考慮)
たまに、ふらっと、登校してきた時も
どの先生も自然体な対応をしていた。
進路決定や高校受験が現実となり
登校回数が以前より少しずつ増えてきた。
元々純粋で繊細であるが故に
素直に思いを出せなかったり
人前でぶっきらぼうになってしまう
そんな一面をみせながらも
時折、不安を吐露していた。
高校に行けるかな
面接試験、大丈夫かな
「校長先生に面接練習してもらう?」
「うん」
…動き出した。
校長先生に何度も練習相手をしてもらい
教科の先生が用意してくれるプリントに
取り組み始め。
合間に「ゲーム、やろう」と
他の子を誘う。
(教室内に多種のカードゲームがある)
短い期間だったが
そんな日常を過ごして、の言葉。
「もっと前から学校に来たらよかった」
もちろん、後悔の念もあるだろう。
でも、泣き顔や声のトーンから
わたしは、その生徒の
とても温かく純粋な想いを受け取った。
あぁ、この子は
大きな愛に、触れたんだなあ。。。
振り向くと、並んでいる先生方もみな
目が赤くなっていた。
学校に行かなくても、生きていける。
わたしは、真剣に思ってる。
無理やり苦しい選択(登校)を
するくらいなら
自分で、或いは別の場所を選択して
勉強や人間関係づくりや
様々な(学校より広義な)体験をして
自己実現することもできる。
学校は、手段。人生の目的ではない。
そして、また。
学校という場所だからこそ
味わうことのできる
大きな愛、もある。
この生徒のように。
「学校は、何のためにあるのか?」
「教育とは、何か?」
教員時代から、ずっと問い続けている
この命題に
そして
教育の多様な選択肢としての
「校内フリースクール」の存在意義に
そしてそして
学校に拘らず、学校を応援する
学校メンタルコーチのわたしに
この生徒の言葉は
一生忘れない、金言となった。
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