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分子再構築の果て(短編小説)
ぼくはドーム型の機械に体を横たえた。今回のプログラムに必要な電子線はすでに蓄積させておいた。
あとはぼくがここに体を横たえて眠るだけ。
肉体を変貌させるのに必要なカロリーと体組成に必要な栄養分は、この人口ポートから輸液で賄う。
一週間後にはぼくはプログラムされた肉体を手に入れるだろう。
「さて、いこう」
ブッン……。ウィーーーン。カシャ。
ぼくを包むドームは光のベールで一瞬包まれてから、蓋が自動でしまった。
ぼくは分子再構築、自動操縦モードで、まず、脳波に当てられた電磁波で急速に意識が遠のいていった。
目覚めたら、きっと今度こそ彼女は……。
*
人間はいわば小さな粒の集合体。原子構造をどんな風につなげるか、DNAに乗せられた遺伝情報によって、体を作っているだけ。
だから、ぼくの研究室では、原子ではなく、原子が繋がった分子構造をバラバラにして、DNAを書き換えて再構築させて、体の悪い部分を直そうっていうプログラムを作っていた。
再構築には限界があって。
元々遺伝情報にある体組成にない肉体改造は難しい。
健康な体に増殖する癌細胞なんかを取り除いて、周りの組織を復生して再構築、なんていうのはできるんだけど、あの女優さんが素敵だから、男性のぼくが彼女になりたいっていうのは無理なんだ。ぼくに女性の生殖遺伝の情報が足りないからさ。
だけど、ぼくが研究室でも内緒で発見したのは、健康な組織を増殖して、それを利用して細胞を再形成して、周辺組織を変化させる技術なんだ。
整形くらいの肉体構造なら、これが簡単だった。
ぼくはまずぼくで実験してみたら、体にあまり負荷なくこの実験がうまくいった。
背を高くするっていうのは、ちょっと難しい。今回アイカのために実験してみる初めての試みだけど、きっとうまくいくだろう。
なぜなら、ぼくの家系に背の高い祖先がいた。その遺伝情報は解析済みだ。DNAをぼくに合った、背の高いDNA情報をついかしたから。
*
赤外線線、紫外線などのように、宇宙からは、毎日、宇宙線がふり続けている。
ぼくらの分子構造の隙間をすり抜けていってる宇宙線もある。ぼくらのからだになんの影響も及ぼさないまま通り抜けている。
その宇宙線がぼくらの体に干渉できるようになるかを研究したのが、ぼくらの研究チームの発端だった。
*
ぼくはあるひ、その研究の最中、精神を崩壊させた。その時に救ってくれたのは、ぼくが愛して、崇拝してやまない彼女、アイカだ。
彼女は元精神科医の肩書を持ちながら、ぼくらのプロジェクトチームの一員だった。ぼくは彼女に依存することで、今の自分を保っていた。
ぼくはあの研究の最中一度死んだ。ぼくはわかっていた。アイカがぼくを使って、ぼくで研究を進めようとしていることを。
でもぼくはそれでよかった。ぼくは君がいないともうどうしようもないくらいに何もする気が起きない。ぼくは生きている意味がもうわからなくなっていた。
*
「う〜ん、ちょっと違うかな〜」
彼女はぼくの苦労なんて知らないで、まあポップにダメ出しをした。
「いや、ちょっと鼻が高すぎるし、やっぱあと10センチ背が高い方がいいわ。だってわたしを抱きしめた時に、わたしがあなたの腕にすっぽおさまるくらいがいいもの」
「え〜!!君は、ぼくの苦労も知らないで!」
「だって、わたしのことが好きなんでしょ?それはもう、どうしようもなく」
「……。もう、わかったよ、わかったよ!!」
ぼくは彼女の部屋のドアをバタンと閉めて、研究室を後にした。
ぼくは、自分の研究室に帰って、早速プログラムを書き換えるために椅子に座った。彼女の言っていた身長の条件と、鼻の高さをセット。モニターにはぼくが分子再構築後、現れる肉体が映し出されていた。
「容姿さえ変われば、君がぼくを受け入れてくれるなら」
*
プシュー。ぼくはカプセルがあいて、体を起こさず、目を閉じたままでいた。はあ、終わったか。もう少しすると、あの地獄の苦しみが始まる。
元の遺伝情報が新しい生体反応に適応するまでに起こる体を引き裂くような痛みが全身を貫く。
痛み止めや麻薬の類も効かない。地獄の時間。のはず、だった。
ぼくは覚悟してその時を今か今かと待っていたはずなのに、何も起こらない。
いや、なんだか体が楽になった気さえする。どうしたんだろう。もしかして、失敗したのか。
ぼくは体を崩壊させてしまったのか?だけど、それにしても残る、この思考はなんだ?やはり体は存在している?
「ハルカ、起きて」
彼女の声がする。ぼくはガバッと起きた。彼女が目の前にいた。
「おはよう、また無理をして、ばかな人」
アイカはぼくを抱きしめる。ぼくもアイカを抱きしめた。ああ、アイカのいい匂いがして、生きててよかったと思った。ぼくには君しかいないよ。
「気分はどう?」
アイカが言う。
「なんか、らくなんだ。どう?ぼく、今度こそ君の理想になれたかい?」
アイカがにっこり笑う
「ええ、最高」
ぼくはアイカが笑ってくれてそれだけが満足だった。
「ほら見て」
アイカがぼくに鏡を渡した。
「え。なんで」
ぼく鏡を落として、頭を抱えた。ぼくは鏡に映るぼくが信じられなかった。
「これは、どういうこと?アイカ。これは元のぼくじゃないか。は、これは夢か。夢は見ないモードに設定してあったのに、システムエラー!」
「落ち着いて、ハルカ。わたしが愛しているのは、元のあなた。何度もそう言っているじゃない」
「何をした!ぼくのシステムをいじったな」
アイカがぼくを抱きしめた。
「ハルカ、姿を変えたりしなくていいのよ。容姿を変えるなんて無意味だわ。本当のわたしはここにいる。あれはクローンのアイカよ。過去のわたしの分身。わたしはあの頃のまま、アンドロイドになったアイカ」
*
ぼくは思い出していた。しかしもう何が現実で何が過去で今で未来かわからないぼくは自分か自分じゃないのか夢か幻かうつつか魂か何がなんだかわからない。
ただ知っていたのは、ぼくは研究の果て精神を壊し、愛するアイカとともに暮らせるようになった。その事実だけ。