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「取り込まれた加害者像」とは──その正体と回復への道



1. なぜ「加害者」が自分の中にいるの?

「自分が自分を責めてしまう」「まるで誰かに心の中で責め立てられているようだ」──そんな感覚を抱いたことはありませんか?
特に、幼少期に虐待や強いストレスを経験した人の中には、**「取り込まれた加害者像」**と呼ばれる心の現象を抱えることがあります。

これは、外部にいたはずの加害者の声や行動、否定的なメッセージが、あたかも**「自分の一部」**として心の中に存在し続けるものです。加害者はもうそこにいないのに、傷ついた記憶が心の中に刻まれ、繰り返し自己を責めるような感覚が残ってしまうのです。

これは「おかしい」わけではなく、心が自分を守ろうとするために作り出した適応的な反応なのです。

2. 取り込まれた加害者像とは?

**「取り込まれた加害者像(Internalized Perpetrator)」**とは、虐待や心的外傷を受けた人が、その加害者の声や否定的なメッセージを無意識のうちに内在化し、自分自身に向けてしまう現象を指します。

たとえば、次のような感覚が取り込まれた加害者像に関連していることがあります:
• **「どうせ自分はダメだ」「誰にも愛されるはずがない」**といった強い自己否定感
• 失敗したときや何かうまくいかないときに自分を罰するような感情が湧き上がる
• **「いつも誰かに監視されている」**ような息苦しさや恐怖感
• 過去の加害者の声が頭の中で繰り返し再生される

3. どうして心は加害者像を取り込むのか?

この現象が起こる背景には、心が極限状態で自分を守ろうとする働きがあります。
たとえば、虐待や強いストレスにさらされた子どもは、加害者の支配に逆らうことができません。その結果、心は次のように適応しようとします:

(1) 加害者に同調することで「安全」を確保しようとする

加害者に逆らえば、さらなる罰や危害が加えられるかもしれない──その恐怖から、心は加害者の言葉や行動を受け入れることで、「自分は支配されていない」ように見せかけるのです。こうして、加害者の否定的なメッセージが心に染みつき、加害者がいなくなった後もその痕跡が残ります。

(2) 自分が悪いと思い込むことで「意味」を見出そうとする

幼少期の子どもは、何か悪いことが起きたときにその原因を自分に求めがちです。加害者から「お前が悪い」「だからこうなるんだ」と言われ続けると、「自分に問題があったから虐待されたのだ」と思い込むことで、理不尽な体験に対する「意味付け」をしようとします。この思考がそのまま自己否定感となり、心に刻み込まれます。

4. 取り込まれた加害者像が心に与える影響

加害者像を内面に抱えていると、日常生活にもさまざまな影響を及ぼします。
たとえば:
• 自己肯定感が極端に低くなる
「自分なんて価値がない」「何をやっても無駄だ」といった感情に苦しむことがあります。こうした感覚は、挑戦や人間関係を築く力を奪い、引きこもりや社会的孤立の原因となることもあります。
• 過剰な自己批判や自傷行為につながる
ミスや失敗に対する自分への罰として、過剰な自己批判や自傷行為を行うケースもあります。「自分を傷つけることでバランスを取っている」という感覚があるかもしれませんが、これは根底に加害者の声が潜んでいる可能性があります。
• 他者との関係で不安やトラブルを抱える
「自分は愛されない」「他者は信用できない」といった思い込みから、他者との健全な信頼関係を築くのが難しくなることもあります。また、他人からの好意や評価を受け入れられず、「どうせ裏切られる」と感じることも少なくありません。

5. 取り込まれた加害者像と向き合い、癒していくために

取り込まれた加害者像は、決して心の一部に永久に留まるものではありません。適切な治療やサポートを通じて、少しずつその影響を和らげ、癒しに向かうことができます。

(1) 安全な環境での治療が第一歩

加害者の声が残っているクライエントさんにとって、安全で安心できる環境は治療の基本です。トラウマを再体験させるのではなく、少しずつ加害者像と向き合い、その存在の意味を理解していくプロセスが必要です。

(2) EMDRやトラウマ治療の活用

EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)やトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)は、取り込まれた加害者像の影響を軽減する治療法として効果的です。過去の記憶を安全に再評価し、否定的なメッセージから解放される道を探ります。

(3) 加害者人格との対話を通じた再統合

私は、その加害者的な人格を否定するのではなく、**「あなたは、なぜそこに存在しているのか」「どのようにクライエントさんを守ろうとしているのか」**対話しながら理解するアプローチをとります。

加害者を非難することは誰でも簡単にできますよね?

それは建設的ではない考え方です。根気強く対話を重ねて、それは過去に起こった出来事であり「もう加害者のまま、ここに留まらなくてもいい」、そう思ってもらうのです。

これにより、心のバランスが整い、自己肯定感が少しずつ回復します。

6. 最後に:あなたはそのままで価値がある

取り込まれた加害者像に苦しんでいるとき、心の中で繰り返される否定的な声に対し、「自分は本当にダメなんだ」と思い込んでしまうかもしれません。でも、その声は本来のあなた自身ではありません。あなたを守ろうとした心が作り出した一部にすぎないのです。

カウンセリングオフィス「凪」では、こうした心の深い痛みに寄り添い、EMDRをはじめとするトラウマ治療で、クライエントさんが少しずつ自分を取り戻すサポートをしています。一人で抱え込まず、安全な場で一緒にその声と向き合ってみませんか?

あなたがそのままで十分価値があることを、いつか心から信じられる日が来ることを願っています。

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