エンド・オブ・ライフ
つい先日、カナダから日本に久々に一時帰国した。コロナ禍で海外渡航が厳しくはあったものの、なんとか無事に帰国することができた。海外からの帰国者は、国内線の乗継ぎや公共交通機関の使用が許可されておらず、地元に直帰することが出来ない為、東京で隔離せざるを得ない。
隔離滞在費もかさむし、狭い空間で隔離生活をしなければならない等不便な点は幾つもあったが、どうせ長い隔離期間があるのだから、その時間を有効活用したいと思って、日本で読みたい本リストを作ってきた。
そのリストの上位にあったのが、「エンド・オブ・ライフ」だ。この本は著者の佐々涼子さんの友人/訪問看護師であった森山さんが末期がんになり、その「命の閉じ方」に密着したノンフィクションである。
森山さんだけでなく、七年の歳月をかけて取材されてきた、佐々さん自身のご両親や、訪問看護師の森山さんが介入されてきた数々のご家族の死への向き合い方も収録されている。
これらの記録を通して終末期医療、在宅医療の在り方を見つめ、死に向き合う患者とそれに寄り添う医療関係者達、患者・家族達の姿をリアルに描いている。この本は2020年の「Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞」を受賞している。
私自身元看護師で、死への向き合い方について悩み、考える機会が多かったこともあり、興味があったのでこの本を手に取った。ストレートなタイトルにも惹かれた。元医療関係者としての経験も手伝ってか、内容に共感する部分が多く、始終興味深く一気に読むことができた。どの在宅での命の閉じ方も胸に詰まるものがあり、それぞれの患者・家族の色があり、リアルでとても読み応えのある内容であった。
昨今、医療従事者等でない限り、「死」に向き合う機会はさほどないだろう。ましてや、現代において、自宅で家族の死を看取ることなど殆どないに等しい。病院や施設で亡くなることが大半だ。
そんな中で、数々の死を看取ってきた訪問看護師森山さんの言葉は、日々の中で忘れがちな大切な事を気付かせてくれる。現場での経験に裏付けされた言葉の重みと真実味を感じた。
読みながら、自分の看護師時代を思い出していた。自分はあの頃どのような気持ちで、患者と家族に向き合っていただろうか?こんなにも想いを込めて看護をしてくれる看護師がどれだけいるのだろう?こんなにも患者さんに寄り添う姿勢をもつ森山さんに看護してもらえる人は幸せだ、、、と思った。
後悔するのではないかという恐れに翻弄される日々ではなく、今ある命というものの輝きを大切にするお手伝いができたらいい。そうしたら、たった3日でも一週間でも、人生の中では大きな、大きな時間だろうし。ー本文より
読了後、心に一番残ったのは長年多くの死にゆく人々を取材し、健康オタクであった母親が難病にかかり亡くなったのも見てきた中で、病気になるのは結局「運」だと思うようになった、という作者の考えである。
人々は病気になった理由をなにかしら付けようとし、そこに意味を見出そうとする。でも、結局そんなこと人間には分からないし、それでいいのだ。人間は意味のない不運に耐えられないから、理由付けをしたがる。
私たちの人生はいつだって偶然に左右される。私たちは、その偶然を都合の良いように解釈し、おのおのが好きな意味で満たすのだ。ー本文より
私たちは死を受け入れる過程でもがき、否定的になり、やがて受容していけるのかもしれない。でも受け入れられたと思ったら、その次の日には行ったり来たりしてまた迷っている。それでいい。そのプロセスを経ながら、今残された時間をどのように生きたいのか、に自分で向き合って、その時々にベストな精一杯の決断を積み重ねていくしかないのだろうと思う。
人は生きてきたようにしか死ぬことが出来ない。
これは何度も本の中に登場する言葉だ。この言葉が妙に私の心に刺さった。それは、自分の生きざまを考えさせられる言葉だからだと思う。
私は看護師を心身ともに疲弊して辞めた。その後海外に渡り、自分探しのような旅もしてきた。その後国際結婚をして、海外移住した。そして、今もまだやりたいことが分からず、人生の意味を探し続けている。でもこの本を読んだ直後、人生に意味なんてないのかもしれない、とフッとと肩の力が抜けたような気持になった。
誰もが皆生まれたその瞬間から、死への準備が始まっている。その道のりで今、自分に残された時間をどのように生きたいか向き合って、命の閉じ方を模索し、体得していくのだろうと思った。
だから、目に見える形では差し迫っていなくても、私も残された時間をその時々の精一杯の選択を重ねながら生きていきたいと思う。人生の意味がその途中で見つかるかもしれない、見つからなくてもそれもありなのだと、そう思えたのだ。
それが生きることであり、死ぬことであるから。
命の閉じ方を考えることは、すなわち、生き方を考えることなのだ。
今、大変な世の中だからこそ、命について考えさせられる、素晴らしいこの作品をお勧めしたい。