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短編小説

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パリ左岸の夕陽⑧

パリ左岸の夕陽⑧

カフェ・ド・フロールは、1887年に創業され、戦中から戦後にかけては、実存主義者の溜まり場だった老舗カフェである。

知が花開き、研鑽の行われたその場所で、人々は機知に富んだ会話を交わし、あるいは、愛を囁やき合っていた。そういう雰囲気にあって、私たちは場違いな異邦人であり、明らかな余計者でさえあった。

それでも、私たちは自分たちの物語を完結させなければならなかった。カフェの特権的な雰囲気は、それ

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短編小説「パリ左岸の夕陽⑥」

短編小説「パリ左岸の夕陽⑥」

親父の目は憂愁の色で湛えられていた。そんな目で見つめられることに、私は耐えられなかった。

「仰っている意味が分かりませんが」

「そのままの意味だ。お前にこの店を譲りたい」

「それはどうして?」

「俺がお前の父親で、お前が俺の息子だからだ」

「答えになっていません」

「これ以上の理由がいるのか?」

「私はあなたを父親だと思ったことはない」

私は親父を冷たく睨み据えて言った。

「私の

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