chiaki

有限会社ワイワイワイ所属ナレーター。 関西を拠点に声のお仕事をしています。 言葉を生業にする傍ら、小説や映画や歴史についての評論を執筆しています。 随時、更新していきます。

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最近の記事

時代小説「剣豪将軍」

京の都に戦雲が垂れ込めつつあった。 長らく畿内の政を掌握していた三好政権は、惣領たる長慶の死によってその勢威に陰りが見えていた。これを幸いとして、13代将軍足利義輝は、各地の諸大名に働きかけて、紛争の調停を行い、あるいは、上洛を促して、将軍権威の回復に努めた。 明応の政変以降、衰運の一途を辿っていた足利将軍家は若き剣豪将軍の台頭によってふたたび威勢を取り戻すかに見えた。さりながら、天下の仕置は、義輝の思うままには捗らず、御所の内外には不安と緊張が漂うばかりであった。 三

    • パリ左岸の夕陽⑧

      カフェ・ド・フロールは、1887年に創業され、戦中から戦後にかけては、実存主義者の溜まり場だった老舗カフェである。 知が花開き、研鑽の行われたその場所で、人々は機知に富んだ会話を交わし、あるいは、愛を囁やき合っていた。そういう雰囲気にあって、私たちは場違いな異邦人であり、明らかな余計者でさえあった。 それでも、私たちは自分たちの物語を完結させなければならなかった。カフェの特権的な雰囲気は、それをやるのに少しも邪魔にはならなかった。 カフェ・ド・フロールは、知と芸術を生み

      • パリ左岸の夕陽⑦

        私が親父とお袋を伴ってフランスへ旅立ったのは、それから二週間後のことである。 わずか二週間あまりの間にどういう心境の変化があったのか、わざわざ書くほどのこともあるまい。 強いて言うなら、そこに感傷の入り込む余地は全くなかった。 私は、あくまでも、自分自身にケジメをつけるために、フランス行きを決めたのだった。 出発当日の朝、空は、私の決断を歓迎するかのように、どこまでも晴れ渡っていた。雲は風の吹くままに流れ、光の破片を含んでいたずらに輝くばかりだった。そういう風景の中で

        • 「五分で読み解く文学の世界 第ニ回 梶井基次郎著・檸檬」

          以前、或る漫画作品で、「檸檬爆弾」と書いて「レモネード」と読んでいたのを、非常に巧いと感心したことがあります。   元ネタは、言わずもがな、梶井基次郎の短編小説「檸檬」です。 皆さんは、「檸檬」と聞いて、何をイメージされるでしょうか? 鮮やかなイメージ、活発なイメージなど、様々な答えが飛び交うことは想像に難くないですが、いずれにせよ、檸檬という概念が何らかのポジティブなイメージと結びついていることは間違いのないところでしょう。 そのイメージを定着させたのは、言うまでもな

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        • 短編小説
          16本
        • エッセイ
          4本

        記事

          「不良と映画・第二回 さらば青春の光」

          今回は、「さらば青春の光」の話をします。 芸人さんの話と思われる方が多いだろうから先に断っておきますが、芸人さんの話ではありません。 映画の話です。 先日、イギリスのロックバンド、「オアシス」の再結成が発表されたのは記憶に新しいですが、ギャラガー兄弟のリアム氏が影響を受けたと語っていた作品です。 この作品には、50〜60年代の若者文化を席巻した不良たち、モッズとロッカーズが登場します。 モッズとは、スーツの上からミリタリーパーカを羽織り、ベスパやランブレッタといった

          「不良と映画・第二回 さらば青春の光」

          「五分で読み解く文学の世界。夏目漱石著・こころ」

          皆さん、突然ですが、学生時代の夏休みのことを思い出して見て下さい。   きっと、楽しい思い出ばかりではなかったはずです。 学生諸君は、束の間の自由を手に入れるのと引き換えに、大量の宿題をこなさなくてはなりませんでした。 その中でも、最大の難敵だったのが、「読書感想文」だったと思います。 それもそのはずで、一冊の本を読んで感想を書きなさいというのは、無茶振り以外の何者でもありません。 何故なら、人生経験の乏しい学生には何かを論評できるだけの批評精神が培われていないし、

          「五分で読み解く文学の世界。夏目漱石著・こころ」

          短編小説「パリ左岸の夕陽⑥」

          親父の目は憂愁の色で湛えられていた。そんな目で見つめられることに、私は耐えられなかった。 「仰っている意味が分かりませんが」 「そのままの意味だ。お前にこの店を譲りたい」 「それはどうして?」 「俺がお前の父親で、お前が俺の息子だからだ」 「答えになっていません」 「これ以上の理由がいるのか?」 「私はあなたを父親だと思ったことはない」 私は親父を冷たく睨み据えて言った。 「私のことをどう調べたのか分かりませんが、あなたにこんなことをしていただく義理はない。

          短編小説「パリ左岸の夕陽⑥」

          映画エッセイ「不良と映画」第一回

          第一回「イージー・ライダー」 体制が生まれ、社会規範やルールが整備されると、必ずと言っていいほど、それに反抗しようとする人が現れます。 そのような人たちを、体制側の人たちは「不良」と呼んで、自分たちのルールやモラルで縛ろうとしてきました。 しかし、不良たちはそんなものに決して屈しませんでした。彼らはあくまでも自分たちのスタイルやポリシーを貫くことにこだわったのです。 このような不毛な争いはいつの時代も世の中をうるさくしてきました。 人間の歴史が闘争の歴史としばしば言

          映画エッセイ「不良と映画」第一回

          短編小説「パリ左岸の夕陽⑤」

          私は親父の突然の連絡に戸惑いを禁じ得なかった。ほとんど家出同然にフランスへ留学してから20年もの時が経過していたのだから、感情の整理が追いつかなかったのも当然である。 もちろん、親父とどのように顔を合わせてよいのかも分からなかった。私は、この20年で、親父に対してあまりにも不義理なことをやり過ぎた。親父にしてみれば顔も見たくないというのが自然の感情だと思われたが、現に彼はこのようにして私に会いたいと言ってきたのだ。 最初、私は何か裏があるのではないかと思った。鈴木の裏切り

          短編小説「パリ左岸の夕陽⑤」

          短編小説「パリ左岸の夕陽④」

          その時親父の言った言葉は良い意味でも悪い意味でも私の人生を狂わせることになった。それからの私は、料理の魔力に取り憑かれ、奇しくも、親父と同じ料理人の道を志した。 沢村の一件から数年が経って、私はフランスへ留学した。私は自分の道を切り拓くために親父の力を借りなかった。フランスへの渡航費用や留学に係る諸経費はすべて自分の力で稼いだ。私は、親父が生涯で成し遂げられなかったことを、自分自身の力で成し遂げようと考えたのである。それは、すなわち、料理の力で万人を幸福にすることだった。

          短編小説「パリ左岸の夕陽④」

          短編小説「パリ左岸の夕陽③」

          親父があり合わせの材料で作った料理は豚バラ肉のコンフィだった。塩と胡椒を刷り込んだ豚バラ肉を低温で焼き上げたフランス風の即席料理である。 「本当は鴨を食わせたかったが、あれは時間がかかるんでな。これで我慢しろ」 そう言って、親父は料理の盛った皿を沢村の目の前に置いた。沢村は今にも涎を垂らしそうだった。親父は沢村を目で促した。沢村は貪るように料理を食べ始めた。それは食事という神聖な行為からは最も遠い、品位に欠けた食べ方だった。 しかし、彼はその行為によって、失われたものを

          短編小説「パリ左岸の夕陽③」

          短編小説「パリ左岸の夕陽②」

          きっかけは、腹を空かせた同級生に親父の料理を食べさせたことだった。 当時、私の通っていた中学のクラスメイトに沢村という男がいた。そいつは、水商売をやっている母親と暴力団員との間にできた私生児であり、今でいうところのネグレクトの扱いを受けていた。 ある日の夕暮れ、学校から家への帰り道で、沢村が路傍にうずくまっているのを見かけた。彼は朝から飲まず食わずで、学校にも行かず、家の周辺をほっつき歩いていた。私は彼に何かを食べさせなければならないと思い、声をかけたが、あいにく、人にご

          短編小説「パリ左岸の夕陽②」

          短編小説「パリ左岸の夕陽①」

          「もし、きみが、幸運にも、青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過ごそうとも、それはきみについてまわる。なぜなら、パリは移動祝祭日だからだ」 親父の書斎にあったヘミングウェイの本にそんな文章がつづられていたのを、昨日のことのように思い出す。聞けば、ヘミングウェイが旧友に宛てて書いた手紙に、そのような文言があったということである。件の文章には赤のマーカーでご丁寧に線が引かれてあり、親父がパリという街にかなりの思い入れがあったことが、ありありとうかがわれた。

          短編小説「パリ左岸の夕陽①」

          短編小説「音のない楽園」

          雨音だけではなかった。雨に叩かれる樹々のうめき、川面に浮かぶ無数の波紋、それに地面に突き刺さるスコップの音などが、重なり合って不快な音となり、胸の奥を掻きむしっていた。地面には穴が掘ってあって、裸の女が仰向けに転がっていた。私と柏田は、その上に一生懸命、土をかけていた。女の首には青い痣がついていて、あと少しで土の下に埋もれそうだった。 私には、日常の生活音から音の高さを認識できて、さらにそこから人の感情を読み取る能力がある。その力は、私がまだこの世に影も形もなかった頃にすで

          短編小説「音のない楽園」

          死神のリスト

          人が死んだとき、生きていた時よりも晴れやかな顔をしているように見えるのは私の気のせいなのか。少なくとも、牧野さんの死に顔はそんなふうに見えた。 牧野さんは私からクビを言い渡されたあと、ビルの屋上から飛び降りて死んだ。ちょうど、その時、私は次にクビを言い渡す人間のリストを作っていた。 文学的な意味において人間が死んでしまうのは、人から忘れ去られたときと、感情を失くしてしまったときだと思う。私の場合は明らかに後者だった。 会社の応接室に人を呼んでクビを言い渡すとき、その人の

          死神のリスト

          短編小説「死ぬ前に見る夢」

          死ぬ前に見る夢は美しい。何かの映画の台詞だったか、あるいは、誰かの言った言葉だったか、はっきりとは思い出せないけれど、そんなものは嘘っぱちだと分かる。私の見る夢はいつだって美しくない。神様が私をこらしめるために見せているに決まっているからだ。 始まりはいつもあの渓谷だった。幼い私と妹の美雨(みう)が渓流の岩場で水遊びをしている。私は、新しいお母さんが連れてきたこの妹を、好きになれないでいる。両親の愛情を一身に集める彼女は、愛情に飢えていた私にとって明らかな邪魔者だった。その

          短編小説「死ぬ前に見る夢」