【詩】春になったら
一人、また一人と飛び立っていく。
足先から小さな水の玉をふり落として。
海の上では今、春の匂いがするという。
そうして私は一人になった。
世界は早く、皆、通りすぎてゆく。
時折心を裂くような悲しみが、私の身体をすり抜ける。いとも、軽やかに。
私は、海の底へと潜っていった。深く、深く。
世界はだんだんと鎮まってゆき、私の四肢は再びたおやかに動き始める。
過ぎ去る視界の端々に映る岩影には、名のない命たちが自らの色を放っていた。
不意に身体が押し流され、海全体がぐらりと揺れた。
見上げると、大きな大きな鯨が、ゆっくり——。
黒く厚い皮膚が、艶やかにその世界を撫でている。
そして、たぷんと豊かな海は、鯨の通るそばから真っ二つに裂けていった。
そこから溢れ出した、光、光、光。
長年海の底に鎮められていた先人たちの思いが、
いくつもの太い柱となって、今、空へと突き上がっていった。
ふと、匂いがした、ような気がした。
いつの日か嗅いだことのある、春の匂い。
陸の上では今、春の匂いがするという。
そして皆、海を見てこう思う。
家に、帰りたいと。
陸で生まれ、育ったはずなのに。
どこに帰るかも、わからないのに。
私はそんな仲間達に思いを馳せ、さらに深く、深く潜っていった。